2021年6月14日、ポルシェ911GT2 RSがニュルブルクリンク北コース(全長20.6km)において、これまでのAMG GTが持っていたラップタイム6分43秒616を更新し、6分43秒300という市販車最速の新記録を樹立した。
新記録を打ち立てたポルシェ911GT2 RSは、ニュルブルクリンクのスペシャリストであるマンタイレーシングとヴァイザッハのポルシェエンジニアチームが共同開発したマンタイパフォーマンスキットを装着した700psのスペシャルマシン。
ニュルで市販車最速のラップタイムこそ、「世界最速の証」とばかりに、日産は加藤博義氏をテストドライバーに据え、1988年に最初のテストを行い、R32GT-Rをはじめ、歴代GT-Rをニュルで鍛え、タイムアタックを行ってきた。2000年代にはポルシェ911と日産GT-Rが繰り広げた、ニュルの最速ラップタイム争いが思い出させる。
2008年4月にR35GT-Rが7分29秒3という市販車最速ラップタイムを記録したが、それを見てポルシェが「セミスリックタイヤを履いたのではないか、このタイムに疑惑がある」と日産に抗議したこともあった(後日、日産 水野和敏氏が反論)。最近ではメルセデスAMGも加わり、ポルシェとランボルギーニで市販車最速を争っている。
またFF最速の名をかけて、シビックタイプRとルノーメガーヌRSトロフィーRのバトルも熾烈さを極めている。
そこで、今、改めて問う! ニュルブルクリンク北コースのラップタイムに意味はあるのか? ニュルブルクリンク北コースで走ると何がわかって、どこがよくなるのか? レーシングドライバーでモータージャーナリストの松田秀士さんが斬る!
文/松田秀士
写真/ポルシェ、日産、メルセデス・ベンツ、ベストカーweb編集部
【画像ギャラリー】ニュル最速の栄光を求めてしのぎを削るクルマたちを写真でチェック!!
■市販車最速6分38秒835が意味するもの
●AMG GTブラックシリーズ:2020年11月4日
6分43秒616(20.6kmコース)
6分48秒047(20.8kmコース)
●ポルシェ911GT2 RS マンタイパフォーマンスキット:2021年6月14日
6分38秒835(20.6kmコース)
6分43秒300(20.8kmコース)
※20.6kmは改修後のT13グランドスタンド前のショートストレート除くコース
良いクルマとはなにか? 長年モーターレーシングを生業にしてきた筆者自身、時々考え込んでしまうことだ。SUVやミニバン、さらには廉価なコンパクトカー、ハイブリッドや軽自動車といったモデルがしのぎを削る自動車業界。
販売台数でいえば、ほんのひと握りのスポーツモデル。いったいニュルでタイムを出すことにどれほどの意味があるのだろうか?
その前に、最近のニュルの状況を見てみよう。相変わらず、というか、やっぱり、というか。現在も激しいタイム合戦が行われていた。
公道走行が可能な量産市販車のレコードタイムでは、直近の例でいうと2021年6月14日にポルシェ911GT2 RSに専用開発のマンタイパフォーマンスキットを装着して、2020年11月4日にメルセデスAMG GTブラックシリーズが叩き出した6分43秒616の記録を5秒弱短縮する6分38秒835を記録している。
これは旧計測地点を基準にした20.6㎞でのタイム比較だ。5秒弱というと大きな差に思える。ニュルの全長は20.6㎞でコーナーの数は172。鈴鹿サーキットが1周5.807km。約1/4のスケールとして1周あたり1秒ちょっとの差である。ただし鈴鹿サーキットのコーナーの数はニュルの172に対して18だ。4倍しても72。ニュルの半分もコーナーがないことになる。
ニュルは世界有数のハンドリングコースである鈴鹿サーキットもおよばない難コースであることが理解できるだろう。しかも今回ポルシェ911GT2 RSが記録した平均速度は185.87km/h。つまり超高速で走行したことになる。この平均速度での5秒弱の差がいかに大きなものかは想像に難くない。
筆者自身、ニュル24時間レースに3度、サポートレースともいえるVLN(4時間耐久)に2度出場した経験があり、ニュルがどれだけ厳しいコースであるかを熟知している。
今回最速タイムを更新したポルシェ911GT2 RSのエンジンパワーは700psで、そのパワー自体も強烈だがスーパースポーツの世界では意外にもありふれたパフォーマーだ。そのポルシェ911GT2 RSが大幅にタイムを短縮した裏にはマンタイパフォーマンスキットというエアロダイナミクスを含めたスペシャルキットの存在を無視できない。
ネーミングにあるマンタイとはニュル24時間レースで常にトップコンテンダーであるマンタイレーシングのこと。ポルシェとの関係が深く、今回のパフォーマンスキットはポルシェ社との共同開発。キットを含めた共同開発により200km/hの速度領域でダウンフォースがF:49kg→70kg、R:93kg→200kgに増加したとしている。
タイムアタックを担当したドライバーのラース・カーンのコメントも「まるで路面に張り付いたように旋回しブレーキングも驚異的」と表現している。高速のニュルであるからこそ空力への効果が大きく、それを支えるボディ、サスペンション、重量配分なども同時に進化が求められる。
コーナリング比率で鈴鹿サーキットよりも頻度の高いニュルでタイムを上げるには、パワーではなくエアロダイナミクスの改善によるダウンフォース獲得である、ということを如実に現したポルシェ911GT2 RSの記録であったと思われる。
つまり空力改善にはまだまだノリシロがあるということなのだ。このことは、いくら0~100km/h加速が速いスーパースポーツであっても、このニュルを走らせればそのパフォーマンスを生かし切れるとは限らないということを表している。
コメント
コメントの使い方