ポルシェやGT-Rが凌ぎを削ったニュル最速タイムの称号に異議あり!?

■いまやニュル最速は人々の煩悩=欲望=夢の象徴

開発責任者の水野和敏氏とレーシングドライバーの鈴木利男氏による開発チームはニュルブルクリンクでのテストを最重要視してきたのを思い出す。2008年当時は7分26秒70を記録し、現在の最速タイムは2013年9月30日に記録したGT-R NISMOの7分8秒679
開発責任者の水野和敏氏とレーシングドライバーの鈴木利男氏による開発チームはニュルブルクリンクでのテストを最重要視してきたのを思い出す。2008年当時は7分26秒70を記録し、現在の最速タイムは2013年9月30日に記録したGT-R NISMOの7分8秒679

 過去にはGT-RやLFA、さらにはインプレッサ、最近では現行クラウンもニュルでテストを行い、そのフィードバックが市販車に生かされてきた。実際、筆者自身JARIの高速周回路でGT-Rの最高速テストを行い300km/hオーバーを記録したが、このときの車両の安定性は素晴らしいものだった。

 ニュルには長い直線もあり、S字を切りながらアクセル全開で次々にシフトアップしながらの急な下り坂から平坦路に、そしていきなり登り坂へと、一般道では峠であってもおよそ考えられないような厳しいコースレイアウト。しかも路面はバンピー。スーパースポーツであれば300km/hを超える速度も記録するので、GT-Rのステアリングを握れば鍛え上げられた成果が車両にインプットされているのだと確信する。

 たしかに、スーパースポーツといえども日本の交通法規下でこのような非日常な速度を試せる場所はない。試したいならサーキットだろう。

 しかし、スーパースポーツを購入した人が皆サーキットを走って楽しんでいるかというと、そういうわけでもない。その記録を出したのと同じ仕様のモデルを購入して購買欲を満たしている、というのが本当のところだろう。人は煩悩に満ちている。

 仏教の世界では煩悩を解脱することで悟りの境地に参るとされるが、欲望は煩悩だ。もっと速く、という欲望無くしてこのようなモデルは完成せず、つまり煩悩の結晶がポルシェ911GT2 RSということになる。

市販車ニュル最速というハイパフォーマンスの証明を獲得したポルシェ911GT2 RS。このクルマを購入希望する人々は、称賛と畏敬の念をもってこのクルマを所有しそのパフォーマンスの一端を垣間見ようと夢みるのだろう
市販車ニュル最速というハイパフォーマンスの証明を獲得したポルシェ911GT2 RS。このクルマを購入希望する人々は、称賛と畏敬の念をもってこのクルマを所有しそのパフォーマンスの一端を垣間見ようと夢みるのだろう

 この煩悩マシンの捉え方は人それぞれだろう。そんな高負荷で走らせることもないのに、どんどんエスカレートさせたテストを行ってクルマを開発することになんの意味があるのだろうか? とういう意見が出てもおかしくない。ある部分、筆者もその意見に同意する。

 しかし、それがどれほど非現実的であったとしても、開発(=タイムアップ)を止める=煩悩の無いモデルになってしまうのだ。煩悩=欲望のないモデルに人はどれほどの夢を託せるのだろうか?

 もう少し多面的に見れば、夢を追い続けることを生業とする人々がいる。いちばん分かりやすいのが芸術家であり音楽家だ。見ることや聴くことによって幸福感や絶頂感を味わうことがある。

 筆者から見ればニュルのタイムアタックもそれと何ら変わるものではない。さらにクルマそのものへの技術革新に繋がっている。裾野の広い自動車産業の経済的発展にも貢献しているのだ。つまり夢の開発は無意味ではない。

■ニュルでテストした恩恵とは? 私たちが感じる実用面で何か良いことがあるか?

ニュルタイムFF市販車最速7分40秒100を2019年4月に樹立したルノーメガーヌ RSトロフィーR。2019年11月、鈴鹿サーキットでは2分25秒454を記録。ステアリングを握ったのはルノー開発ドライバーのロラン・ウルゴン氏。ちなみに、セットアップをアドバイスしたのは谷口信輝選手
ニュルタイムFF市販車最速7分40秒100を2019年4月に樹立したルノーメガーヌ RSトロフィーR。2019年11月、鈴鹿サーキットでは2分25秒454を記録。ステアリングを握ったのはルノー開発ドライバーのロラン・ウルゴン氏。ちなみに、セットアップをアドバイスしたのは谷口信輝選手
シビックタイプRは現行前期型が2017年4月に記録した7分47秒19を更新し7分43秒80というタイムを叩き出したがルノーに抜かれるもその後はコロナ禍によりタイムアタックは行っていない。一方、鈴鹿サーキットではルノーのタイムアタックから7ヵ月後の2020年7月、井沢拓也選手のドライブにより、鈴鹿サーキットのFF車のレコードタイムとなる2分23秒993をマーク
シビックタイプRは現行前期型が2017年4月に記録した7分47秒19を更新し7分43秒80というタイムを叩き出したがルノーに抜かれるもその後はコロナ禍によりタイムアタックは行っていない。一方、鈴鹿サーキットではルノーのタイムアタックから7ヵ月後の2020年7月、井沢拓也選手のドライブにより、鈴鹿サーキットのFF車のレコードタイムとなる2分23秒993をマーク

 もっとドラスティックに考えて、このような高速高機能性能アップへの終わりのない開発は実用面で何か良いことがあるのだろうか?

 おもしろいのがFF車というカテゴリーにおけるタイムコンペティションがある。ルノーメガーヌRSとホンダシビックタイプRの戦い。FFはエンジンが横置きなのでトランスミッションもエンジンと並列に搭載される。

 つまりフロントがリアに比べて非常に重くなる。その重量はフロントタイヤに重くのしかかるのでグリップは良くなるが、フロントタイヤは操舵も行い、速度が増すと慣性モーメントも大きくなる。前後タイヤで荷重差によるグリップバランスの適性がキモとなる。つまりニュルのような高速のコースには適していない。

 実際、メガーヌRSは2019年に記録した最速タイムの時には4コントロール(4輪操舵システム)もデュアルクラッチも使用していなかった。これはニュルのコース特性が、高速コーナーが多いことに起因する。

 特に4コントロールはニュルのようなオーバー100km/hの中高速域でのコーナリングでは、リアはグリップ重視の同位相にステアされるので、かえってFFのウィークポイントであるアンダーステアーを誘発しやすいことが考えられるのだ。とはいえ、それまでに試行錯誤の上に開発されたこれらのシステムは現行モデルに生かされている。

 特に4コントロールはFF特有のフロントタイヤだけが摩耗する特性を見事に打ち消し、4輪のローテーションが可能となっている。

 またリアサスを硬めることでリアの安定性を出していたセットから、よりソフトにすることが可能となり、乗り心地も大きく改善している。これらは速さを求める試行錯誤のなかで見えてきた技術が一般路の速度域の中では有用であったということ。

 またニュルの高低差は実に300mにもおよぶ。1周の距離が長いから成し得るコースレイアウトなのだが、とにかくアップダウンが激しい。さらに出口が見えないブラインドコーナーの多さに驚かされる。路面の凹凸も激しく、路面の舗装も雑多で、そのμはエリアだけでなくどのラインを通るかによっても大きく変わる。

 特にウェットではチョイスするラインによっては致命傷となる。ここでは最近よく言われるボディ剛性だけではダメで、サスペンションのシステムやジオメトリー、そしてストロークの余裕が求められる。

 一般的に過去の欧州車が日本車よりも特にコーナリングが優れていたのはニュルでテスト開発をしていたからであり、その結果リバンプのサスペンションストロークが十分にあったから、ともいわれている。ニュルのように飛び跳ねる路面ではサスペンションの伸び側の路面追従性が重要になるのだ。

 このようなことを考えると、これからもますます技術革新によるタイムアップと、そこにヒントを得た一般車にフィードバック可能な技術が生まれると確信する。

 例えSUVやミニバン、あるいは廉価なモデルであったとしても、ニュルで得た知見やヒントがリーズナブルにキャリーオーバーされる可能性はある。

 ニュルでテスト開発することは、速さを求めることだけにフォーカスしているとは限らず意味のあることなのだ。

次ページは : ■ニュルブルクリンク北コース市販車ラップタイムランキング(1周20.6km)

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