ニッポンのモータリゼーションを支えた「生き証人」が……消え行く自動車文化遺産

ニッポンのモータリゼーションを支えた「生き証人」が……消え行く自動車文化遺産

 歴史的遺産と呼ぶべき遺構がなくなろうとしている。第二次大戦前の1936年(昭和11年)。日本でまだ自動車が高嶺の花だった時代に、都心から程近い神奈川県川崎市に常設サーキット「多摩川スピードウェイ」が存在したことはご存知だろうか。

 当時、ただでさえ珍しい自動車が集い、大勢の観客が詰め寄せた聖地である。世界的に貴重なこの遺構だが、それがなくなる日が刻一刻と近づいている。

※本稿は2021年8月のものです
文/ベストカー編集部 写真/多摩川スピードウェイの会 多摩川スピードウェイの会 航空写真出典/国土地理院
初出:『ベストカー』2021年9月26日号

【画像ギャラリー】歴史的な名勝負が繰り広げられたニッポン各地の今はなきサーキットたち(11枚)画像ギャラリー

■日本自動車黎明期の遺構がなぜなくなろうとしているのか?

1936年、多摩川スピードウェイにて開催された第1回自動車競走大会にエントリーした関根宗次氏のブガッティ・タイプ35C

 現在、国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所では令和元年(2019)に発生した台風19号の影響により多摩川が氾濫、周辺に甚大な被害が出たことを受け、治水対策として「多摩川緊急治水対策プロジェクト」が始動している。その計画のなかには新たな堤防強化工事も含まれている。

 多摩川スピードウェイの観客席遺構が残る神奈川県川崎市中原区河川敷もその工事を行うとされており、計画どおり進んだ場合、観客席遺構は完全に取り壊され、新たな堤防が作られることになるという。

2016年に多摩川スピードウェイ80周年を祝し記念プレート除幕式が行われた。この時展示されたマシンは本田宗一郎氏もドライブしたカーチス号(左側)と、ページ上写真に写るブガッティと同一個体であるタイプ35C(右側)の2台

 それに対し、多摩川スピードウェイの跡地保存と日本モータースポーツ黎明期の研究・情報発信を行う任意団体「多摩川スピードウェイの会」は、工事の着工が2021年10月に始まるにもかかわらず、同会への通達が7月2日に初めて来た点に当局への不信感を抱いているという。

 さらに同会は、「川崎市の行政ビジョンで保存が明言されていることに鑑み、現在提示されている一方的な取り壊しではなく、治水と保全の両立を実現すべく、工事見直しの申し入れを行いました。

 部分的な移設などの妥協案も提示しましたが、担当官は決定事項を伝えるのみで、保全に向けたほかの工法については検討、協議の意志さえ示しません」という。

 河川事務所からすれば観客席遺構はあくまで堤防のひとつとして見ており、保全について関心を示していない姿勢が垣間見える。

■治水と保全の両立を!

寄贈された記念プレート。プレートは移設して保存されるという

 このことを受け同会は当局に対して不信感を強め、抗議の意を発表すべくプレスリリースを出したところ、SNSやインターネットを通じて観客席遺構の保全に賛成する声が上がり、多摩川スピードウェイ遺構が今置かれている状況についての情報が「拡散」されたのだ。

 その後、河川事務所は保全賛同の声があったことから「保存できるか可否を検討している」との回答を発表している。

 しかし、多摩川スピードウェイの会副会長の小林大樹氏にお話を伺うと「柔軟な姿勢を見せているフリなのではないか」と答えており、まだ保全が確定したわけではなく、安堵できる状況ではないことは確かなようだ。

 世界中を探しても第二次大戦以前に建設されたサーキットの遺構が残っている例は極めて希少であり、多摩川スピードウェイの観客席遺構は歴史的観点からも大変重要な場所である。

 同時に、現在も多摩川近隣で暮らしている住民の安全を確保すべく、いざという時のための治水対策を進めていくのも最重要課題である。

 今後この遺構がどうなっていくのか……両者の動向に注目していきたい。

次ページは : ■「多摩川スピードウェイ」のこれから

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