昔から高級セダンといえば、「FR」と言われ続けてきた。それはなぜなのだろうか? FFのほうが後席が広くでき、室内効率からすれば有利なのだが、なぜこうも頑なに高級セダンはFRばかりなのか?
また、先般そうした「高級セダンFR神話」を覆す高級FFセダンが発売された。昨年7月10日に発売したトヨタカムリは発売1カ月後の受注台数は約1万1500台と、月販目標台数2400台の約4.8倍と好調なスタートで、2018年1〜6月の販売台数を見ても1万2057台、平均月販台数約1700台とまずまずの販売を維持している(流通ジャーナリストの遠藤徹氏によると、FRのマークXは近いうちにFFのカムリに吸収合併されるそうだ)。
2018年8月1日には専用エアロパーツや専用セッティングのサスペンションなどを装備したスポーティなWSグレードを追加し、さらなる販売増を狙っている。
さらに2018年10月24日にはレクサス初のFF【高級】セダン、「ES」が発売される。
この2台が、「高級セダンはFFがいい」という流れを作ることができるのだろうか?
そこで、FF高級セダンの失敗史を振り返り、なぜ高級セダンはFRじゃなきゃダメなのか? モータージャーナリスト・鈴木直也氏が解説する!
文/鈴木直也 写真/ベストカー編集部
■FFのメリット、デメリットとは?
FRとはフロントにエンジンを搭載し、リアドライブ(駆動)の略。FFとはフロントエンジン、フロントドライブ(駆動)の略だ。
FFの利点といえば、まずパッケージングのよさで、これはコンパクトカーほどメリットが大きい。そこに着目したのは、アレック・イシゴニスが開発したクラシック・ミニで、以後すべての小型車に多大な影響を与えることになる。
FFはまた、造り手側にとっても魅力的なレイアウトだ。パワートレーンがフロント部分で完結しているから、FRみたいにプロペラシャフトやデフを長々と取り回さなくてすむ。クルマの主流がアッという間にFFに転換したのは、コスト低減や生産性に優れていたからこそだ。
ところが、現在でも高級セダンはFRが主流。FF車の比率がどんどん伸びていた1980年代頃は、多くのメーカーが「これからは高級セダンもFFだ」と考えていたが、結果としてそうはならなかった。
その理由として考えられるのは、FFの根底にある“合理性”という本質が、高級車の価値観と相容れなかったためだと思われる。
高級であること、あるいは贅沢であること。それをクルマで商品化するには、極論すれば「どれだけムダをやるか」に行き着く。大きなボディ、強力なエンジ ン、趣向を凝らしたインテリア。こういう方向性でクルマを造るなら、FFとFRの優劣は逆転する。
例えば、V8ツインターボ500psエンジンのFF車 なんて、誰も造ろうとは思わない。こういう過剰なことをやるには、むしろFRのほうが使い勝手がいいのだ。
■FF高級セダンは実用車系のトップというイメージ
結果として、FF高級セダンの最上級セグメントは微妙なポジションに収まることとなった。
カムリやアコードがその代表例だが、FF高級セダンのハイエンドは実用車系のトップというイメージで、プレミアム性では勝負していない。メルセデスベンツや BMWといった生粋のプレミアムブランドですら、FR車種とFF車種の間には、くっきりラインが引かれているのが実情で、やっぱり「ホンモノの高級車は FR」という暗黙のヒエラルキーがあるのだ。
そこで注目されるのが、2018年10月24日に日本デビューするレクサスESだ。このクルマは言うまでもなくレクサス版カムリで、パワートレーンやプラットフォームなど多くのパーツを共用するFF高級セダン。「FFはプレミアムカーとしてはちょっと……」と いう“壁”に挑戦するモデルということになる。
ベースとなった現行のカムリは日本市場ではハイブリッド専用車で、新開発の A25A-FXS型エンジン(178ps/22・5kgm)が予想以上にパワフルで、そこにモーター(120ps/20・6kgm)がアシストした時の加 速の鋭さは、トヨタの歴代FFハイブリッド中ダントツで最速。実用で20km/Lに軽く届く燃費性能と相まって、実用セダンとしての完成度は抜群に高 い。
そんなカムリがベースだから、レクサスESの目指す高級化はインテリアの上質感や乗り心地/居住性の快適さなど、動と静があるとすれば静かな高級感。高級FFセダンで目指すとすればこの方向性しかないのだが、世界的に「クルマのパフォーマンスはほどほどでよい」という価値観が広 がっている現在、従来モデルより人気を呼びそうな予感がある。

最近のレクサスの文法に則ったインテリアデザインである。12.3インチのワイドディスプレイが装備され、センターコンソールドアアームレストの表皮には立体的なパターンで加工を施すビスコテックス技術を採用
■ニッポンのFF高級セダン失敗史

1985年10月〜1986年9月まで販売されていた初代レジェンド。ホンダは自社ブランド初の高級セダン、レジェンドを当時、業務提携関係にあったBL(ブリティッシュ・レイランド(後のローバー)」と共同開発。ローバー側は825、827スターリングだった
歴代の日本車を振り返ってみると、新しい価値観を提案したFF高級車が何台かあったが、残念ながらいずれも成功したとは言い難い。
まず筆頭に挙げられるのは、ホンダが初めて高級車セグメントに挑戦した初代レジェンドだ。レクサスより4年も早く、アメリカ市場で“アキュラ”という高級 車ブランドを立ち上げ、その第一号車としてデビュー。横置き90度V6の高回転型エンジンや、後に追加された可変ジオメトリーターボ(ウイングターボ)な ど、技術的にもこの時代のホンダらしくユニークな見所が多かった。
レジェンドは1990年デビューの第2世代からレイアウトをガラッ と変更して縦置きV6のFFとなるのだが、当時は「縦置きにするなら、いっそFRにすれば?」と首をかしげたことを思い出す。業界関係者の多くはスバルの 例から「これはきっと4WD化の布石に違いない」と予想したのだが、これも空振り。
結局、レジェンドは2004年の4代目でSH-AWDとして4WD化されるのだが、その際にV6はバンク角60度で全面新設計され、なおかつエンジンは横置きに戻されている。
というわけで、ホンダはいまだにFR高級車に進出していないのだが、このレジェンドの迷走がトラウマになっているような気がしないでもない。
■世界初のミラーサイクルエンジンを搭載したユーノス800
マツダもFF高級車では痛い目にあっている。1993年にデビューしたユーノス800は、世界初のミラーサイクルエンジンや凝った4WS機構など、技術的には見どころ満載の意欲作だった。
走っても、リショルムコンプレッサーで過給された2.3LV6エンジン(220ps/30.0kgm)はスムーズでトルクフル。ハンドリングと乗り心地のバランスも良く、当時のFFセダンの中でベストなシャシーと評価が高かった。
しかし、この時代のマツダは身の丈に合わない5チャンネル構想に打って出て壮大に自爆。ユーノスチャンネル自体が消滅して、後期には車名も1997年7月にはミレーニアと改名せざるを得なくなり、一代限りで2003年に生産を終了することとなる。
現在、マツダは高級車セグメントへの再チャレンジとして直6FRを開発中と噂されているが、やっぱりFF高級車失敗のトラウマが残っているように思われる。
■なかなか後が続かない……、三菱ディアマンテ

1990年8月〜1994年12月。当時のBMW風な逆スラント型ノーズをはじめとするスポーティな3ナンバー専用ボディに、マルチビジョンや三菱インテリジェントコックピットシステム、電子制御サスペンションに4WSなどのハイテク装備を満載。排気量2Lから4Lまでの自動車税の見直しに合わせ、税区分に合致する3種類のV6エンジン(3L、2.5L、2L)を投入し、比較的低い価格帯でFF以外に4WDも選べた選択肢の広さもあって好評を得て1990年-1991年日本カー・オブ・ザ・イヤーも獲得
三菱ディアマンテもFFで高級セダン市場にチャレンジしたクルマだが、初代はそこそこの成功作となったものの、やっぱり後が続かなかった。
ディアマンテの基本的な成り立ちは、当時のギャランのプラットフォームを拡大してV6を搭載したものだが1989年の自動車税制改正にうまく発売タイミング があった結果、お手頃価格の2・5Lグレードがヒット。バブルの最後の波に乗れたことで参入の難しかったFF高級車市場に一定のシェアを築くことに成功 する。
また、三菱らしく高級セダンでは珍しかった4WDバリエーションも充実。パジェロの大ヒットでイケイケだったこともあって、4WDの三菱というブランド戦略もディアマンテ人気を大いにアシストした。
しかし、1995年1月デビューの2代目はバブル崩壊後の景気低迷をもろにかぶって売り上げ低迷。2000年のリコール隠し問題など、三菱ブランド自体が大きく毀損した結果、2005年にひっそりとその生涯を終えている。
■EV化によって高級セダンはFRという固定概念は薄れていく
といった具合に、FFで高級車市場にチャレンジしたクルマたちは厳しい壁にぶち当たってきたわけだが、そう遠くない将来、EVがクルマの主流になるような時代には「高級セダンはFRでなければ」といった固定観念が除々に薄れていくはずだ。
その前段階として、なかなかブレイクしなかったFF高級セダンが、いよいよ注目される時代が来るかもしれませんよ。