■トヨタ iQ(2008年11月〜2016年4月)
鳴り物入りで2008年11月にデビューしたマイクロスモールカーのiQも前評判がよく、発表後1カ月で月販目標台数2500台に対して、約8000台受注と幸先のいいスタートを切っている。
2008年〜2009年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど、ジャーナリストも絶賛したが、鳴かず飛ばずに終わっている。軽自動車より400mm短い全長2985mmだが、いざというときには大人3人+子供一人が乗れ、取り回し性も良好だ。
都市部のユーザーには最適だと思われたが、フタを開けてみると売れず、後年は二桁、かろうじて三桁の台数まで落ち込んでしまい、2016年4月に販売終了となってしまう。
日本には高効率パッケージングで、燃費が良く、維持費の面でも有利な軽自動車がある。だから小ささを活かせる人以外は見向きもしなかったのだ。
iQは、勝ち組で余裕のあるトヨタしか作れないクルマだったが、7年間の累計販売台数間は3万1333台と、アクアの2カ月間の販売台数と同じじゃ、生産終了は無理もない。
■トヨタ オーパ(2000年5月〜2005年11月)
まだまだ負け組になってしまったクルマは多々ある。その1台が2000年5月に売り出したオーパだ。今につながるクロスオーバーカーの先駆けとなった新感覚のファミリーカーで、セダンにワゴンやミニバンの機能を持たせている。
ボディは当時のカローラよりコンパクトだが、ホイールベースは2700mmもあり、キャビンは広々としていた。後席はダブルフォールディングタイプで、畳むと広い荷室が生まれる。メーターは視点を遠くに置くデジタル表示のセンターメーターだ。
だが、個性的なスタイルとラグジュアリー感覚の薄さが災いしたのだろう。キャビンは広かったが、アッという間に販売が下降線をたどり、3年後の販売台数は3桁と、伸び悩んでしまった。
■トヨタ ヴェロッサ(2001年7月~2004年3月)
この時期、トヨタはナディアやラウムなど、多くのコンパクトカーを投入している。が、帯に短しタスキに長しなのか、販売台数は今一歩にとどまっている。20世紀から21世紀に切り替わる時、トヨタはマークIIをベースに、小さな高級車やFRのスポーツセダンを積極的に送り出した。
小型車サイズのボディに2.5Lと3Lの直列6気筒エンジンを搭載したプログレが、その第一弾だ。インテリアもゴージャスだった。これに続き、アルテッツァ、そしてブレビスと、次々に兄弟車を投入する。最後に登場したのが個性派セダンのヴェロッサだ。
21世紀になって間もなく、2001年7月にデビューしたヴェロッサ。開発テーマは「人の情感に訴える」クルマだ。デザインで人を動かそうと考えて企画され、送り出された。
目をひくのはスタイリングである。なかなか個性的だ。エクステリアは、ランチアとアルファロメオのいいとこ取り、いやその時代に大ヒットしたアルファロメオ156にも見える。ラテンの香りを強く感じさせる。インテリアもスポーティさを直球で表現したデザインだった。
ヴェロッサは、デザインだけでなく走りでも「人の情感に訴える」味付けとしている。マークIIと同じ2Lと2.5Lの直列6気筒DOHCエンジンを積むが、ベースとなったマークIIよりスポーティな味わいだ。
特にターボ搭載のVR25はスポーティ度が高い。刺激的な加速を楽しめ、ハンドリングもダイレクト感覚が強かった。だが、開発陣の狙いは空回りする。販売は2Lエンジン搭載車に偏り、2.5Lモデルは売れなかった。
これはある意味ではデザインに魅了された人が多いということだ。が、ヴェロッサを指名する人は驚くほど少なく、月の販売台数は3桁にとどまっている。最初は飛びつく人がいたのだが、すぐに販売が落ち込んだ。トヨタの保守層は、押しが強く、高級そうに見えるマークIIを選ぶのは当たり前かもしれない。
■トヨタ 7代目セリカ(1999年10月〜2006年4月)
1999年10月に登場した7代目のセリカもユーザーに引導を渡され、不人気車のレッテルを貼られた。トヨタの北米デザインの拠点であるCALTYがデザインした個性的なスペシャルティカーで、スーパーストラット仕様は意のままの気持ちいい走りを見せている。
ターボは整理されたが、1.8Lの直4、DOHCエンジンは高回転まで軽やかに回った。6000回転で高速側のカムに切り替わり、そこから7800回転まで刺激的な加速を味わえたのだ。
が、早々に販売は落ち込み、3桁の販売台数も珍しくなくなった。モデル末期にはフタ桁となり、セリカ神話は崩壊する。未来的なデザインが当時の日本では受けなかったのだろう。10年早かったかもしれない。
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