■新生アストンマーチンの始まりを告げる北欧の戦乙女
話をハイパーカーに戻そう。新時代の幕開けを告げるヴァルキリー。ロードバージョンのデリバリーはまだ始まっていないが、それより先にトラック専用マシンAMR Proの納車が始まった。公道用のレギュレーション対応がない分、作れば即販売できるからだろう。
世界限定わずかに40台。お値段は推定4億〜5億円のウルトラスーパーカーが、2022年7月、ついに日本にも上陸を果たし、富士スピードウェイにてオーナーへとデリバリーされ、その場でシェイクダウン走行を行った。
披露されたマシンは推奨のF1グリーンメタリックではなく、オーナーの好みでシックなガングレーメタでペイントされていた。左右フェンダーウイングとリアセンターブレードの縁に入ったホワイトラインはオプションらしい。ドア開口部のカーボンモノコックボディには18/40というプレートが付いている。
サイドに入る002という数字は、アストンマーチンにおけるミドシッププロジェクトの番号で、ロードカーのヴァルキリー=001に次いで開発されたモデルであることを示す。
ちなみに003はヴァルキリースパイダーで004はヴァルハラ。となれば、005はヴァルハラスパイダーで、006はまだ見ぬ新型ヴァンキッシュか……。
■F1マシンに「ガワ」をかぶせたようなフォルム
1000ps(!)のコスワース製6.5L、V12自然吸気エンジンをリアミドに積んでおり、最高出力もまた1000ps。驚くのはエンジンだけじゃない。バットマンカーのようなエクステリアデザインも衝撃的だ。ロードカーのヴァルキリーも見るからに空力の化け物だったけれど、AMR Proはさらにえげつない。
高次元のサーキット走行を考慮して、全長、ホイールベース、前後トレッドといった主要ディメンションのすべてが延長されており、ヴァルキリー比で2倍のダウンフォースを発生させるという。これを見たあとでヴァルキリーロードカーの写真を見ると何だか貧弱に見えてしまう。
ヴァルキリーAMR Proの開発はヴァルキリーベースのル・マン用ハイパーカー・プロジェクトが起点だった。その後、レースレギュレーションの制約を受けないレーストラック専用マシンとして開発されたため、開発者が理想とした最高の性能をサーキットにおいて実現するマシンとなっている。
この日、試乗したプロドライバーやオーナーの声を総合すれば、“F1とLMPを足して2で割ったマシン”と表現するのが適当か。事実、バーレーンGPの余興で走ったプロトタイプは、なんとF1マシンの予選タイムから数秒落ちで周回したという。
快晴のピットレーンに引っ張り出されたヴァルキリーAMR Pro。エンジンをかける前から異様なオーラを発散する。もはやクルマはおろかレーシングカーにも見えない。タイヤを四隅に配したジェット戦闘機のようだ。
■プロドライバーも驚愕!? 300km/hオーバーなのに運転しやすい!
ヴァルキリーAMR Proのエンジン始動は面白い。いわゆる“押しがけ”だが、人が押すわけではない。電動モーターで行う。ほんのしばらく電動走行したのちにV12エンジンに火が入り、ドライバーはピットレーン走行のスイッチをオフにして内燃機関をフルに回す、という仕掛けだ。
パワースペックはこの日、初走行ということもあって、800psに制限されていた。オーナーの技量に併せて、800psから900ps、そして1000psへとステップアップ可能だ。
V12に火が入った瞬間、ピットレーンに地鳴りが起こる。強烈なサウンドをたなびかせてコースイン。遠くで雷鳴のようにサウンドが響く。あっという間にホームストレッチへ。かなり速度は抑えられているが、サウンドは高らかに響き、そこにいたクルマ好きの表情をすべて笑顔に変えてしまった。
どんどんとペースが上がっていく。サーキットに響くサウンドがさらに甲高く聞こえてきた。ストレートへ。速い、速い。サウンドトーンも明らかに違う。
この日のヴァルキリーAMR Proはオーバー310km/hを記録。なんとも凄まじい速さではないか。
これまでLMPマシンを含む何台ものレーシングカーを飼った経験があり、ル・マン24時間レースへの出場も豊富なプロドライバーの加藤寛規氏曰く、「こんな経験は初めて。ポテンシャルが高すぎるのに、とても運転しやすい」。
世界のウルトラリッチなジェントルマンドライバーたちが安心してプロフェッショナルドライバーの世界を楽しめるエンジニアリングとは、なるほどそういうものなのだろう。
事実、オーナーコメントの変化もそれをよく物語っていた。
オーナーは普段からLMP3マシンのリジェJS P3やアストンマーチンヴァルカン、同ヴァンテージGT3といったレーシングカーでサーキット走行を本格的に楽しむ猛者だが、プロがドライブする助手席に乗ったファーストインプレッションは「乗りこなせるかどうか不安」というものだった。
ところがその後、実際にドライブしてみれば、「とても運転しやすい。800psでもまだ限界は見えないけれど、徐々に乗りこなして1000psで走る自信はある!」と語っていた。
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