水深200メートルから深海と呼ばれる。光がほぼ届かなくなる暗闇の世界だ。潜水艦の潜航能力は、最高機密ゆえ、具体的な数字は明らかにされていないものの、深海域も含め活動範囲となることは確か。そんな視界の効かない闇の中で手がかりになるのが「音」である。潜水艦の目となる「音」の探知と分析について解説する。
文・イラスト/坂本 明、写真/海上自衛隊、US Air Force
■海の中は多様な音でいっぱい
去る6月に、深海に沈没したタイタニック号の見学ツアーを行っていた潜水艇「タイタン」が事故で沈没した。報道によれば、最初にカナダ軍の哨戒機がソノブイを使って海中から発せられる音を探知したことが発表されている。視界の効かない海中のなかで、捜索の手がかりとなるのが、この音であった。
ところで、空中や地上では、一般的に広範囲な捜索にはレーダー(電波)が使われる。なぜ、それが水中では使われないのだろうか。その理由は、水中では電波の減衰が大きいためだ。対する音は、水中での減衰が少なく(周波数が低いほど減衰しにくい)、空気中よりも4倍以上の速さで伝わる。そのためソナーやソノブイで音をレーダーのように使って捜索したのである。
しかし海中から発せられる音が何であったかまでは特定できなかった。
海中では魚を始めとする海洋生物が発する鳴き声や音、海底で起きる自然現象が作る音、船のスクリュー音やソナー音、海中や海底での工事音など様々な音が交差している。しかも海中(水中)では音がどれだけ遠くまで伝わり、いつまで持続するかは、さまざまな要因が影響し、分析が容易ではない。海中の微粒子によって特定の周波数の音が反射・散乱・吸収されたり、塩分濃度や水温、圧力が水中を進む音の速度に影響を与えるのだ。
そうした中で聞こえた音が何の音かを特定するのは難しいわけだ。
■潜水艦はそれぞれに固有の音を出している
海中の音を聞くのにはハイドロフォン(いわゆる水中マイク)が使用される。潜水艦や水上艦艇のパッシブソナーもその仲間で、海中の離れた物体が発した音を探知・分析する装置だ。潜水艦のゲームや映画などでお馴染みだろう。
海中で聞こえた音が何であるかを特定するには、さまざまな音のサンプルと照合する方法がとられる。サンプルはいわゆる音紋といわれるもので、海中の音を集めてそれが何の音(何が出す音)かを分析・分類し記録してある。
たとえば海中を航行する潜水艦は、スクリュー音や主機の音、潜水艦と水が擦れる音などが混じり合って固有の音を発している。これらを採取しておけば、音だけで、艦の区別が可能になる。ただし、個々の艦がそれぞれ固有の音を出しているということではなく、◯◯級の艦が出す固有の音ということになるが。
ソナーを用いて収集された音は、雑音を取り除き、周波数や強度の時間的変化を分析して横軸に時間、縦軸に周波数をとってグラフ化される。これが音紋で、ソナグラフという装置が分析した周波数の持つエネルギーを濃淡で表示する。
各国の潜水艦の音紋を収集・データ化しておけば、有事の際にどこの国の何級の潜水艦なのかがすぐに分かる。
コメント
コメントの使い方