ナカニシ自動車産業リサーチ・中西孝樹氏による本誌『ベストカー』の月イチ連載「自動車業界一流分析」。クルマにまつわる経済事象をわかりやすく解説すると好評だ。
第三十回目となる今回は、ズバリ、「トヨタ佐藤恒治社長 1年目の通信簿」。EVシフトの鈍化、グループ企業の相次ぐ不正などトピックの中、2023年4月の社長就任から1年を駆け抜けた佐藤氏、および新体制の取り組みを振り返る。
※本稿は2024年4月のものです
文:中西孝樹(ナカニシ自動車産業リサーチ)/写真:トヨタ ほか
初出:『ベストカー』2024年5月26日号
■最大の功績はEVと水素モビリティの取り組みを加速化、一定の目途を付けた点
トヨタ自動車の佐藤恒治氏が社長に就任して1年が経過しました。
その間に世界の情勢は激変し、トヨタのマルチパスウェイ(全方位)戦略が注目され、評価は著しく好転しました。
一方、トヨタグループに深刻な不正が発覚し、佐藤社長はその対応に追われた12カ月でもありました。アナリスト視座的に、佐藤社長1年目の通信簿を考えてみます。
電撃的な社長抜擢で登板した佐藤社長のここまでの最大の功績は「EV」と「水素モビリティ」の取り組みを加速化し、一定の目途を付けたところにあると筆者は考えます。
この2つは将来のトヨタ競争力の重大な足かせにもなりかねない、佐藤社長の言葉でいえばマルチパスウェイ戦略の重要な「ミッシングピース(足りない部分)」であったのです。
その取り組みを全社的に強化し、昨年6月の「テクニカルワークショップ」、9月の「モノづくりワークショップ」はともに渾身の力を込めた情報発信となったのです。
現在、EVシフトには陰りが見えハイブリッド車の人気が急上昇しています。「それ見たことか。マルチパスウェイを貫くトヨタは正しかった」という声も聞こえてきます。
しかし、カーボンニュートラルを目指す世界のなかでハイブリッドでは乗り越えられない規制の強化はいずれ訪れます。
「EV」と「水素モビリティ」は自動車メーカーが手の内化しなければならない重要なテーマなのです。
長い目で見ると、移動のエネルギー源は「電気」と「水素」に収れんしていくでしょう。
2023年の世界新車販売の15%以上が、すでにEVやプラグインハイブリッドの「電気モビリティ」に置き換わっています。
マルチパスウェイのなかで、最も早く転換が進むゼロエミッション車は、エネルギー転換効率から考えて間違いなくEVなのです。
その先には水素モビリティへの転換も始まると考えられます。
水素は電気に形を変える燃料電池車だけでなく、CO2と合成したカーボンニュートラル燃料に変換して貯蔵、輸送、燃焼でき、大型商用車においては水素そのものの燃焼エンジンも可能となります。
要するに、結果としてマルチパスウェイになることは間違いないのです。
しかし、マルチパスウェイは戦略として正しくとも、その順番を間違えれば競争力を失います。
マルチパスウェイのなかで早く普及するEVの競争力を高め、その先にある水素モビリティへの布石を打つことが持続可能な競争力となっていくのです。
■「余力づくり」の取り組みに注目
社長就任の1年間でトヨタの株価は110%も上昇しテスラの時価総額に迫っています。
佐藤社長、中嶋裕樹副社長の強いリーダーシップで生まれた情報発信があっての成果でしょう。
就任直後の佐藤社長が、自分が社長になったことで同社の株価がアンダーシート(売られ過ぎ)するのではと恐れていたことを思うと、隔世の感を禁じ得ないのです。
この危機意識がミッシングピースへの取り組みを劇的に強化し、積極的な情報発信を実施する強い動機になったのでしょう。
その後は先人の努力と運のよさも重なり、素晴らしい株高を演じました。これだけ不祥事が発覚してもです。
トヨタグループの不祥事は、2021年の国内ディーラーの「車検不正」に始まり、2022年に日野自動車、2023年にはダイハツ工業、豊田自動織機、2024年に入って豊田自動織機の自動車エンジン不正に発展しました。
2023年度では合計30万台の生産を失う多大な影響を及ぼしました。
「経営」と「現場」が乖離して、組織の風通しの悪さを引き起こし、そして経営陣がそれを見落としてきたところに原因があります。
本年の4月11日、就任1年目の節目に佐藤社長は投資家、株主向けに経営の振り返りの説明会を開きました。
そこでは、不正対策としてのガバナンス改革に対する詳細な取り組みが語られました。
トヨタグループ、トヨタ、子会社の3つの組織レイヤーに対し、01)風土、02)体制/組織、03)仕組み/ルールの3つの取り組みを9つのマトリックに分け、2時間の時間を使って丁寧にガバナンス改革の具体的な取り組みを説明しました。
風土を醸成するのは豊田章男会長の役割であり、佐藤社長ら執行側は体制/組織、仕組み/ルール作りに取り組んでいます。
しかし、「仕組みだけでグループ社員一人ひとりの行動を変えるのは難しい」と佐藤社長は言います。
人の心の源流にある風土そのものを改革していくことがグループ改革には重要だと主張します。
体制/組織改革のなかで、「余力づくり」が新たなトヨタの取り組みとして注目されます。
これは今の仕事を見つめ直し、10年先の働き方を作ることを意味しています。台数を無闇に追わず、生じる余力を10年先にあるべき構造転換につぎ込むということです。
ここでの構造転換とは、OS化、ソフトウェア化されたクルマが電気や水素エネルギーと繋がる循環経済型事業への転換を意味します。
規制が一時的に後退し、「ハイブリッドでよかった」という油断モードの外野とは違い、グループ不正の危機を捉え、トヨタはグループの未来を再定義しようとしています。
この努力が10年後の会社の繁栄をもたらすのです。
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