極東開発工業が特装車最大手の一角として成長するまでの歩み【日本の礎を築いた特装車アルバムを紐解く/後編】

創立40周年と阪神淡路大震災〜そして現在へ

 1995年当時、極東開発は創立40周年を迎えるにあたり、全従業員が一堂に会し親睦を深めるための式典を計画。しかしこの年の1月17日、阪神・淡路地区をマグニチュード7.2の直下型地震が襲い、西宮市に本社および本社工場、川西市に伊丹工場を置く極東開発は少なからず被害を被り、行事は全て見送りとなった。

 創業期から残っていた本社工場の赤レンガの倉庫は倒壊したものの、製造設備の被害は比較的軽微で、23日に操業を再開。

 従業員の中には家族を亡くした者や家屋が全壊・半壊した者も多く、本社・本社工場・伊丹工場に勤める従業員で全く被害を受けなかった者はほとんど皆無であった。

 いっぽうで、被災地域のために自社製品による給水、ゴミ収集などの救援活動を行ない、多くの方から感謝されたという。自社がかつてない大震災に見舞われたなかで、会社の社会的使命を後退させることなく果たせたことは、極東開発の誇りとなった。

 直後に編纂された「40年史」でも、この時の従業員の働きについては「見事であった」と自賛している。このように、極東開発工業は1955年6月の創業からさまざまな試練や困難を乗り越え、特装車の総合メーカーとして成長してきたのである。

 そして同社は、その後も弛まぬ努力により時代に合わせたさまざまな製品やサービスの提供を続け、本年2025年6月に創業70周年を迎えることとなった。

 時代が前後するが、極東開発の創業者の一人であり初代社長の宮原勲氏は英国グラスゴー工科大学卒業後、川西航空機に入社、戦後、川西モーターサービスの初代所長として特殊自動車の製造に着手したという経歴を持つ。

 日本の特装車業界に先鞭をつけた宮原氏は生前、敗戦と航空機の製造が禁止された時代を念頭に、次のような言葉を繰り返し語っていたという。

 「われわれの会社は非常に困った時代に、困っていた人々が寄り集まってできた企業であり、われわれはこの会社を立派にしていくことによって、われわれの生活を安定させ社会に貢献していきたい」

 特装車を通じて社会に貢献するという思いは、今も極東開発に息づいている。

【画像ギャラリー】極東開発工業の70年史をギャラリーでチェック(15枚)画像ギャラリー

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