日本のみならず世界で「女性はクルマの運転が下手」という根拠のない主張がまかり通っているが、このたび、延べ2200万件に上る米国のトラック検査記録を分析した論文が発表され、トラックの安全運転におけるジェンダーギャップが明らかになった。
それによると「労働時間」と「安全運転」の両方とも、違反する可能性は男性のほうが高く、先の主張とは真逆の結果となった。少なくともトラックに関しては「女性のほうが運転が上手」といえる結果であり、伝統的に男性社会とされる業界のあり方にも一石を投じる結果となった。
文/トラックマガジン「フルロード」編集部
写真/Daimler Truck AG
女性ドライバーは「より安全に」トラックを運転する?
どのような事業においても法令遵守(コンプライアンス)は安全性を担保するための基礎となるが、残念ながら多くの状況でコンプライアンス違反がみられる。
私たちの生活を支えるトラック運送業は非常に大きな産業だ。ただし、トラックが関係する事故により毎年(米国だけで)数千人が命を落とし、数十億ドルの経済的損失が発生している。この事実に鑑みると、トラック業界のコンプライアンスと安全性を考えることは、他の業界以上に意義があるといえるだろう。
そのトラック業界だが、伝統的に男性社会とされる。これは日本に限った話ではなく、米国やドイツなど女性の社会進出が進んでいるとされる国でも、その割合はわずかだ(女性トラックドライバーの比率は、日本が2%強、ドイツが約3%、米国が4%弱とされる)。
近年、深刻なドライバー不足が世界的な課題となり、各国がより多くの女性をトラック業界に就労させるための取り組みを進めている。特に日本は働き方改革に関連した「物流の2024年問題」もあって、女性ドライバーの活躍が欠かせない状況にある。
そんな中、トラックの運転におけるジェンダーギャップ(男女差)を調査したオープンアクセス論文(Men at Work…Unsafely: Gender Differences in Compliance with Safety Regulations in the Trucking Industry)が公開された。
テネシー大学のアレックス・スコット氏らによるこの論文は、2010年から2022年までの12年間にわたる、延べ2200万件という膨大な米国のトラックインスペクション(検査)記録などを分析したもの。
一般論として、男性のほうがリスキーな行動が多く、規則を破る傾向にあるとされているが、分析の結果、トラックの運転においても男性ドライバーは女性より安全でない運転をする傾向にあることがわかった。
人手不足に加えて、安全運転とコンプライアンス改善のためにも、今後、業界内で女性トラックドライバーが重視されるようになるかもしれない。
意外にも初めてのジェンダーギャップ調査
トラックの運行には様々な規則が設けられている。車両の最大積載量や大型車の速度制限は安全運転のためだが、トラックドライバーの労働時間・運転時間の制限も、疲労運転を回避しトラックを安全に運行するためだ。
日本の「改善基準告示」と同様、米国では「HOSルール」(HOS = Hours of Service)が連続運転時間や休憩時間などを規定している。
米国運輸省(DOT)はトラックの安全性に関する規則を実効的なものにするため連邦自動車運輸安全局(FMCSA)を通じて全米各地でトラック検査を実施している。検査は車両とドライバーの両方に対して行なわれ、安全運転、HOS、車両整備、薬物(禁止薬物とアルコール)、危険物、ドライバー適正の6つのカテゴリーにおいて遵守状況がチェックされる。
論文ではこのうち「安全運転」と「HOS」を分析に用いた。ドライバーに責任がある違反20件のうち17件はこの二つに属するといい、薬物の影響下での運転はドライバーに責任がある重大な違反だが、全体からみると件数が少なく今回は対象外。それ以外のカテゴリーは主に運送会社の責任だ。
ちなみに、米国では2017年12月よりトラックに電子ログ記録装置(ELD)の搭載が義務付けられており、HOS違反を含む運行ログを自動で記録するため、紙の日報と比べてデータの改ざん・隠ぺいが非常に難しくなっている。
事業における性別に基づく違いは、近年では大きな関心が寄せられている分野だが、米国のトラック運送業での大規模なジェンダーギャップ調査は意外にもこれまで行なわれてこなかった。
考えられる理由の一つが、トラック業界が伝統的に「男性社会」だったからだ。最近はドライバー不足などを背景に女性ドライバーの採用が進められているが、それでも調査時点で女性トラックドライバーの比率は全体の5%未満。ただし、女性ドライバーは過去10年間で着実に増えているそうだ。
別の業種の調査では、女性は作業においてよりディフェンシブな(安全な)行動をすることが示されていが、果たしてトラックの運転におけるジェンダーギャップはどのくらいなのか?
なお、分析に使用したデータは、公開されている公的データと情報公開法によりFMCSAに請求して入手したもので、トラックのインスペクション記録など2010年から2022年までのコンプライアンス違反に関する、延べ2200万件以上の膨大なデータだ。この期間中にELDが義務化されたため、その効果についても調査した。