■政宗に屈した、ルーテシア畠山義継
当初は向かうところ敵なしであった。まずはルーテシア畠山義継を討ち、続いておう州最強のゴルフ蘆名家領へ攻め込む。
一戦目は敗れたもののその後ゴルフ蘆名家ではディーゼル不正問題が発覚、お家騒動となり勢力が減退。
カローラスポーツ政宗はそこを突き、ついにはその領国を占領することに成功。一躍おう州の覇者の地位に昇りつめた!
登り龍の勢いのカローラスポーツ政宗であったが、そこに立ちはだかったのは、ノートe-POWER秀吉とそれに付き従うリーフ家康、その他西国諸大名の大軍だった。
彼らは東国最大の牙城、フィット北条家に、12万の大軍をもって総攻撃を開始したのである! ことここにいたっては是非もなし。
熟慮の末、カローラスポーツ伊達政宗は、天下人・ノートe-POWER秀吉の陣に赴き、白装束で臣従を誓った。
政宗の敗因は、やはり寒冷の地・おう州に、遅く生まれすぎた点にあった。政宗が仮に畿内や東海に、もっと早く生まれておったなら、その風雲児ぶりを遺憾なく発揮し、天下を盗ったやもしれぬ。
が、歴史にイフは無用。カローラスポーツ政宗の武勇は、確かに天下に鳴り響いた。しかるにおう州濃度濃厚なるスポーツハッチでは、この日の本の国を治めることは不可能。
カローラスポーツ政宗にとっては、やはりおう州こそその主戦場だったのであろう。
今宵はここらでよかろうかい。チェスト! きばれー!
コメント
コメントの使い方