ライトウエイトスポーツカーを開発する時に、開発者たちからよく聞く言葉が「車重は1トンをきれ!」。
1トンをきらないスポーツカーってダメなのか? と思ったりもするが、開発技術者にとって1トンというのは大きな壁になっているのだろうか?
そこで、インディカーをはじめ、グループAの全日本ツーリングカー選手権やグループCなど、車重が違うレーシングカーを操った経験のあるレーシングドライバー松田秀士氏に、車重1トンの重要性を考察してもらい、さらに1トン以下の超楽しいクルマを7台選んでもらった。
文/松田秀士
写真/ベストカー編集部
■グループCが約900kg、グループAが約1200kg、その違いは?
車重1トンとは、クルマの操縦性を左右するいわば分水嶺である。ボクはもともとフォーミュラーカーのレースを主体に活動をしていた。
1980年代後半当時、グループCマシンの車重は約900㎏。グループAマシンのフォードシエラRS500が約1200㎏。午前中にグループAマシンのテストを西仙台ハイランドで行い、午後は菅生に移動してグループCマシンのスパイスDFLのテストを行ったことがある。

松田秀士氏がドライブしたグループCマシン、AO SPICE トヨタ90C

全日本ツーリングカー選手権で松田秀士氏が繰るグループAのピューミニ・トランピオ・フォードシエラRS500
このときグループCマシンのハンドリングの良さにとても感動したのを覚えている。グループAはフロントエンジン/リアドライブのFR、グループCはミドエンジン/リアドライブのMR。
エンジン搭載位置やダウンフォースの違いはあれど、どちらもパワーレベルは似たような500ps+なのに加速も減速もコーナリングも、あたりまえだけどグループCマシンの運動能力に感動したものだ。
一番大きな違いはブレーキングで、もちろんレギュレーションによるタイヤサイズの違いはあるけれども、グループCカーのブレーキングはダウンフォースの強い高速域からブレーキペダルを蹴飛ばすようにフルブレーキすると、驚くような減速Gを発生してコーナーにアプローチする。
コーナリングが始まると今か今かと待ちわびた右足がスロットルペダルの上で地団駄。エイペックス(コーナー内側の頂点)にクリップするとフルスロットル。
そこから強烈なトラクションとワープするような加速力。後の重いエンジンがリアタイヤを押し付ける。しかもコーナリングは速い。「軽いってスゴイ!」と肌で感じたものだった。
■マツダロードスターS(6MT)/車重990kg

NDロードスターは開発時1トンをきるのが命題だった。車両重量は6MTはSが1トンをきる990kg(6MT)、Sスペシャルが1010kg(6MT)、RSが1020kg(6MT)、NR-Aが1010kg(6MT)。RFは6MTが1100kg、6ATが1130kg。 2018年7月にマイナーチェンジされ、1.5Lエンジン「SKYACTIV-G 1.5」の最高出力が+1ps向上の132psへ、最大トルクが+0.2kgmの15.5kgm、ロードスターRFの2Lエンジン「SKYACTIV-G 2.0」は最高回転数を6800rpmから7500rpmに引き上げ、最高出力は+26ps (184ps)に最大トルクは+0.5kgm(20.9kgm)に向上
さて、そんなボクのレーシング時代の思い出からスタートしたが、今回は1トン以下のクルマはどうなの? 速いの? 楽しいの? というお題。
なぜならマツダロードスターの開発においては、車重1トンをきることを目標にしてサイズのコンパクト化と軽量化に勤しんだ。つまり、スポーツモデルの新型車開発においても1トンという数字は1つの目標なのである。
では、まずそのロードスターから話を進めよう。ロードスターにはRFというメタルルーフのモデルが後発されたのはご存知のことと思う。
RFには2L仕様のエンジンが搭載されている。しかし車重は6MTが1100㎏、6ATは1130kg。実は米国でソフトトップモデルに試乗したことがあるが、米国では2Lエンジンが搭載されている。さらにMX-5のワンメイクレースにも出場経験があるが、こちらも2Lエンジンを搭載するのだ。
これら2Lモデルに試乗してボクが感じることは、エンジンのトルクが太いので1.5Lに比べて気持ち良さはかなりある。
だが、ボディの剛性を考えるとベストバランスは1.5Lだろう。頑強なロールゲージのMX-5レース仕様と、メタルルーフを持つRFは2Lエンジンを搭載していてもボディがバランスしている。
つまり、パワーを上げればそれなりにボディ強化も必要で、その結果1トンを超えてしまうのだ。ロードスターの1トンきりは、エンジンとボディとのバランスをギリギリまで突き詰めた結果達成したものなのだ。
しかし、ロードスターで感心するのは軽量な車体にもかかわらず、フロントにダブルウィッシュボーン式のサスペンションを採用していること。
このクラスの場合、フロントは簡易なストラット式を採用するものだがWウィッシュボーンを奢り、ステアリングギヤボックスも前引きと拘る。
リアはマルチリンク式でこちらもダブルウィッシュボーン式の延長ともいえる型式。はっきり言って車重が軽いのだから、そこまでサスペンションにもこだわらなくてもよいのでは? と思うけれども妥協をしていない。
1トンをきれば上物の重量も軽いのだから、サスペンション剛性を下げられる。ここでいうサスペンション剛性とは重心とロール軸の関係のこと。
重心とロール軸の関係は、てこの原理で、離れていればモーメントが大きくなり剛性が下がる(ソフトになる)。ロール時に時間をかけた荷重移動が可能になり、しっかり外輪に荷重が載る。
そのレベルをスプリングやスタビなどのバネレートでコントロールすることができる。これが1トンを超えて車重が重くなると、最終的にバネレートを硬くする必要に迫られる。
車重が重ければモーメントも大きくなり、重心とロール軸とのバランス(ロール剛性)を最適化すれば必然的にバネレートを硬くしなくてはならなくなるからだ。
バネレートを硬くすると反発が強くなるので、ダンパーのリバンプ(伸び側)も減衰力を強くしなくてはならなくなる。乗り心地と路面追従性が悪化する。なによりもダンパーの性能が求められ、コストが上がってしまうのだ。
つまり、車重1トンを超えると、運動性能だけでなくサスペンション系(タイヤ含む)の負担が増えコストがかさむのだ。
それではロードスターのほかにも1トン以下の超楽しいクルマがあるので紹介していこう。
■スイフトスポーツ/車重970〜990kg

車両重量は6MTが970kg、6ATでも1トンを切る990kg。エンジンは140ps/23.4kgmを発生する1.4L、直4ターボ。価格は6MTが183万6000円、6ATが190万6200円。こんなに軽くて、楽しくて、安いクルマはない!
このモデルこそ軽さがモノをいう、といえるのが現行スイフトスポーツ。その車重970㎏。そのためバネレートはソフト。
乗り心地が良く、ハンドリングはステアリングの切り始めに少しロールするのだが、バンプストッピングラバーチューンが絶妙でロールは大きくなりすぎない。
特に操舵初期がシャープ過ぎなので、安心してコーナーに飛び込める。FFだけど必要以上にリアが粘らず、かといって電子制御でスタビリティは確保している。
まさに現代的な味付けのFFホットハッチに仕上がっている。しかも室内静粛性がこのクラスではトップレベルの静かさ。
200万円を切るバーゲンプライスなのに、どうやってこのクォリティを達成したのか? とても不思議だ。
■アルトワークス/車重670kg

アルトワークスの車重は5MTが670kg、5AGS(シングルクラッチMT)が690kg。搭載するエンジンは64ps/10.2kgmを発生する直3、658cc、DOHC ターボ。価格はいずれもFFで5MTが150万9840円、5AGSが154万7640円
スイフトスポーツの味付けとは正反対な仕上がりなのがアルトワークス。車重はなんと670㎏。サスペンションは硬く、ゴツゴツしてます。しかし、路面の状況をステアリングから、シートから、身体中から手に取るように感じ取れます。
ブッシュ類も硬くして、リアリティを重視しているから。そこに余計なデコレーションを施していないから、徹底した軽量化とレーシングカーのようなハンドリングが楽しめる。
同じスズキ製なのに、スイフトスポーツとこんなに方向性を異にすることができるのかと感心する。この2台を足して割ったようなハンドリングなのが現行イグニス。こちらも850㎏。デザインからは想像もつかないほどにコーナリング性能が高いモデルだ。
■ルノートゥインゴ ゼン(MT)/960kg

トゥインゴのラインアップのうち、ZENのMTのみが1トンをきる960kg。インテンスが1010kgで90psの897cc直3ターボ(6速デュアルクラッチ、EDC)、GTが109psの897cc直3ターボでMTが1010kg、6速EDCが1040kg。価格はZENが177万円、インテンスが194万円、インテンスキャンバストップが204万円、GTが229万円〜
個人的にとても好きなのが現行ルノートゥインゴ。960㎏でっせ! トゥインゴは驚くほどサスペンションが柔らかい。
しかもこのクルマはRRだ。トゥインゴでコーナーを攻めると空冷タイプ964のポルシェ911を思い出す。
トゥインゴのリアサスペンションはド・デオン式。左右が繋がったリジット式だが、デフはトランスミッション内にあるのでバネ下荷重が軽く動きが良い。
1トンをきるパワーは71psの998ccとぜんぜんだが、やはり1トンをきっているからそれほど加速に不満は感じないのだ。
それよりもこの個性的なコーナリングフィールとハンドリングの楽しさ。速くなくても良い。コーナーゆっくり曲がっていても楽しい。
しかも室内静粛性が高い。そして、速度上昇に比例してエンジンなどメカニカルノイズが減少する。なぜならRR(リアエンジン)だから。まるで911だね。
■初代CR-X/車重860kg(Si)

初代CR-Xの車重は1.3が760kg(80ps/11.3kgm)、1.5iが800kg(110ps/13.8kgm)、Siが860kg(135ps/15.5kgm)。相当軽いクルマだったことがわかる
ここでノスタルジック、昔のクルマに目を向けよう。印象的だったのは初代CR-XでSiが860㎏。VTECのもととなるZC型1.6Lエンジンを搭載し、パワーは135ps/15.5kgm。
この車重にこのパワーはなかなか速かったのです。しかもハンドリングはなかなかクイック。
ノンパワステでFFとは思えないほどリアがハッピー! ブレーキングと速いステアリング操作で、簡単にリアがスライドした。
スタビリティコントロールなんて電子制御がない時代だから、ウデがあれば相当に楽しめるFFスポーツモデルだった。とにかくCR-Xに乗るのはドキドキするけど楽しかった。
■初代AW11型MR2(5MT)/車重940kg

前期型MR2 Gは5MTが940kg、4ATが970kg。エンジンは130ps/15.2kgmの4A-GELU型1.6L、直4
同じようにドキドキしたのが初代MR2。前期型は940〜970㎏と1トンきるがCR-Xよりは重かった。
しかし、エンジンをミドに搭載した後輪駆動のMR。当時、誰もが心待ちにしていたスポーツカーだった。コーナリング性能は高いが、オーバーステアーを出した時のコントロールは腕が必要だった。
この頃はクルマがドライバーを選んでいたね。決して間口が広いとはいえず、だけどそのことがカリスマ性を増長させた。
逆に男の子は憧れるんだよね、MR2を乗りこなせたらカッコいいと。乗りこなせなくてもいいから所有したいとなる。
■VW UP!GTI(6MT)/車重1000kg
さて、最後の1台はVW UP! GTI。2018年6月に限定600台で販売されたUP!GTIが、2019年2月13日に限定ではなく通常モデルとして、再販売されることになった。
これちょうど1000㎏。1Lの3気筒ターボエンジンは116ps/20.4kgmを発生し、トランスミッションは6速MT。
20.4kgmのトルクは2000rpmから発生するので、低速域でも力がみなぎる。しかもそのまま6000rpmまであっという間に吹け上がる。
サスペンションは柔すぎず硬すぎず。ちっちゃいし軽いから、ポロGTIよりもゴルフGTIよりも車線幅をいっぱいに使えるし、都内の混雑もスイスイこなす。初販は台数限定だったが再投入でカタログモデルに。とにかく楽しいモデルだ。
さて、1トン以下のクルマは走って気持ちいいし、価格も安いモデルが多い。ぜひクルマ購入の目安にしてほしい。