懸念と見通しの不透明さとリスク
一定の「合意」が見えた今回の日米自動車関税合意ではあるが、まだまだ不透明さやリスクが山積みとなる。以下、ざっと列記すると……。
(1)米国内およびNAFTA圏での生産との逆転現象:メキシコ・カナダ製車両が現行25%課税の一方、日本製車のみ15%優遇となる。メキシコ工場での現地生産よりも日本完成車輸出の方がコスト優位になる可能性があり、生産配分や他国からの批判リスクを招く恐れがある。また、鉄鋼やアルミの関税は依然50%と高いままなので(日本から完成車を輸入したほうが安い?)、米国自動車メーカーからの反発も予想される。
(2)WTO提訴リスク: アメリカと交渉中のメキシコやEUから「差別的優遇措置」として提訴され、なんらかの逆噴射措置が実施される可能性。
(3)車種や例外条項の不明確さ:EV、ハイブリッド、商用トラックなどの扱い、並行輸入車や改造車の適用可否が示されておらず、通関現場で混乱が予想される。
(4)投資連動要件:5500億ドル(約80兆円)投資のうち「一定割合をアメリカ国内生産・雇用に回すこと」などが15%適用の条件とされる可能性が高く、その実務運用が不透明。
(5)ホワイトハウスが「米国の自動車安全基準が(日本において)初めて承認される」と発表:現在、日本と欧州(EU)の間で締結されている「相互認証制度」をアメリカにも拡大適用し、アメリカFMVSS(連邦自動車安全基準)適合車を日本国内での重複クラッシュテストから除外すること。もしこの運用が始まれば、アメリカ車は日本での型式認証試験を一部省略でき、承認期間が従来の数か月から数週間へ短縮ができるようになる。……が、日本とアメリカでは認証制度そのものの考え方が異なっており、その差が埋められるのか。
(6)根本的な日米自動車格差による貿易赤字(日本から見れば黒字)解消になるかどうか分からない:そもそもの話として、今回の自動車関税は「日本車はアメリカ市場でたくさん売れているが、アメリカ車は日本市場でまったく売れていない」という不公平感、非関税障壁の問題を解消すべく話し合われていたはずだが、「15%」「5500億ドル」という大枠がだけが決まった状況では、この不公平感や非関税障壁が解消されるかどうか、まだまだ不透明といえる。
上記のとおり、日米間の自動車輸出入に関して解決すべき問題は山積みとなっている。特に(5)と(6)について、以下にもう少しだけ詳しく解説したい。
安全基準の違いは「クルマ」「メーカー」に対する文化の違い
2025年7月23日に発表された、米ホワイトハウスの公式Fact Sheetでは、以下の記述がある。
“Longstanding restrictions on U.S. cars and trucks will be lifted, granting U.S. automakers access to the Japanese consumer market; U.S. Automotive standards will be approved in Japan for the first time ever.”
日本語訳:「アメリカの自動車とトラックに対する長年の規制が撤廃され、アメリカの自動車メーカーは日本市場へ参入できるようになる。アメリカの自動車基準が日本で初めて承認されることになる。」
このホワイトハウスの発表は、今年5月頃からの報道内容にあったとおり、日欧間で結ばれている「相互認証」の制度(EUの安全基準をクリアしていれば日本の安全基準をクリアしたものとみなす)を、日米間にも広げることを示している。
いっぽう日本とアメリカで自動車に対する安全基準が異なるのは、日米で「自動車」「商品」「リコール」「メーカー責任」「消費者の自己責任」に関する考え方が根本的に違うから、という事情がある。
たとえば、アメリカの連邦自動車安全基準(FMVSS)ではメーカーによる自己申告(セルフ・デクレレーション)や現地試験が認められ、リスクベースの規制が中心となる。基準を満たせば販売後も改良で対応可能とする柔軟性があるが、日本の場合は、国土交通省の型式認証試験を個別に受ける必要があり、一度合格した仕様以外は販売できない。試験内容もクラッシュ・排ガス・騒音など多岐にわたっており、その内容はメーカー内でも専門部署以外には理解が難しい。
またリコールについても、日本ではリコールを「法的な義務」として捉え、行政指導に基づいて対応する傾向が強いのに対し、アメリカは安全性に関わる問題とユーザーからの訴訟リスクを重視し、メーカーの自主的な対応を促す傾向が強い。
今回の関税交渉における合意と決定は、日米間で根本的に思想が異なる自動車の安全規制とリコール文化(アメリカの自己申告方式 vs. 日本の厳格な型式認証制)を、「国際協調と投資誘致」を優先する政治判断で迂回したといえる。
「それでいいのか? 本当にいいのか?」とも思うが、自動車メーカー各社の巨額な関税負担を考えると、政治判断やむなしとも思える。

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