日産の無資格者完成検査問題とは何だったのか

日産の無資格者完成検査問題とは何だったのか

 2017年秋、「日本のモノ作り神話」を揺るがす大きな事件があった。
 9月29日、国交省の立ち入り検査を受けて、日産が型式指定自動車を生産している国内6工場で、無資格者が完成検査を行っていたことが発覚したのだ。
 一時期、完成検査をすべて停止して再調査を実施したこの問題も、11月中旬の今ではあまりメディアの話題にのぼることはない。
 しかしこの大きな問題を記録する意味でも、「日産の完成検査問題とは何だったのか」を今一度改めてここで検証しておきたい。
文:福田俊之
ベストカー2017年11月26号


■問題の発覚は、「お祭り気分」の直後だった

「この1カ月間は、まるでお祭り騒ぎとお通夜の物哀しい気分を同時に味わったような複雑な心境だった」

 と、日産の中堅社員は疲れ果てた表情で振り返る。

 夏が過ぎて秋の涼風を感じるようになった2017年9月6日。日産の約7年ぶりにフルモデルチェンジした新型リーフの発表イベントは、幕張メッセの大ホールを貸し切り、世界各国から報道陣をはじめ、販売店や取引先関係者など約5000人を招待するという超豪華なイベントだった。

 しかも、発表イベントから2週間足らずの9月19日には、新型リーフの生産拠点でもある横須賀市の追浜工場内で、量産開始のオフライン式と世界生産累計1億5000万台達成を同時に祝う式典が盛大に行われた。こうした式典には作業服姿のカルロス・ゴーン氏が見慣れたものだったが、出席した西川社長はダークスーツ姿で約1000人の従業員を前に「予約受注が4000台を超えており、気を引き締めて万全の品質でリーフをお届けできるようにがんばっていただきたい」とメッセージを送った。

 そんなお祭り気分も束の間、自業自得とはいえ、出鼻をへし折られたようなショッキングな大事件が発覚。社内は一転して重苦しい雰囲気に包まれた。

 日産の工場では新車の出荷前に必要な完成検査を、無資格の従業員が行っていた事実が明らかになったからだ。

 その不正は2017年9月18日、国土交通省(国交省)が平塚市にある日産車体の湘南工場に抜き打ちで立ち入り検査してわかった。さらに追浜工場、栃木工場など国内の車両組み立ての6つの工場すべてで同様の検査体制だったことも判明した。

■なぜ最初から西川社長が謝罪会見を開かなかったのか?

 対応に追われた日産は、9月29日夜には緊急記者会見を行い、企画・監理部と広報担当の部長クラスが出席。経過説明とともに深々と頭を下げて謝罪した。

 本来、経営を揺るがしかねない不祥事が発覚した場合は、経営トップか、それに準ずる代表権を持つボートメンバーが説明するのが通例だ。昨年、三菱自動車とスズキが燃費データ改ざんを公表する際は経営トップが対応している。

 ところが今回、日産の西川廣人社長が重い腰を上げて記者会見を開いたのは、部長クラスによる最初の会見から3日後の10月2日夕刻。会場は都心から離れた日産横浜本社だった。

 経緯を説明し、「お詫びを申し上げる」と陳謝したものの、(企業が謝罪会見を開いた際には通例となっている「深々と頭を下げる行為」はなく)淡々と事情説明に終始した会見だった。

 以前、トヨタ自動車もリコール問題が取り沙汰された際に、当時マスコミ取材に消極的だった豊田章男社長の会見を夜遅く名古屋のオフィスで行ったことがあった。

 在京のメディアのなかには最終の新幹線に乗り遅れて始発まで駅周辺で夜を明かした記者もいたという。取材となれば、いつ、どこでも駆けつけるのが記者の使命だが、「上から目線の対応では、危機管理意識が足りないと思われてもしかたない」(大手メーカーの広報担当)との指摘もある。この時点での日産の対応も(「謝罪会見ではない」と印象づけるための危機管理処置だったのかもしれないが、のちに発覚する諸々の状況を考えると)、企業体質そのものを如実に反映した認識の甘さがあったと言わざるを得ない。

■原因は法令遵守意識が希薄だった? それとも人手不足?

 会見の席上、西川社長は今回の無資格検査の問題について、

「国交省が検査に入るまで、まったく認識していなかった」

 と釈明した。しかし、その後の調査では1枚の検査記録データに検査員の名前は同じだが、形状が異なる2つの押印がある書類も見つかった。

 無資格の検査員は正規検査員から本人用とは別の印鑑を渡され書類に押印していたという。ブレーキの利き具合など安全性にかかわる最終的なチェックを行う完成車両の検査を有資格者になりすまして検査書類を作成していたというわけだ。

 学生時代には授業をサボった友達の代わりに点呼の際に「代弁」を頼まれたことがあったが、不正は不正でも日産の工場での「替え玉」検査の偽装とは比べようもない。

 そもそも、道路運送車両法では、出荷前の新車は本来1台ごとに運輸局の車検場に持ち込んで、ブレーキやライト、排ガスなどが国の基準を満たしているか検査を受ける必要がある。

 ただ、新車を大量生産するメーカーは、自社の「完成検査」で保安基準を満たすと国交省に認められた「型式」どおりに製造したかをチェックすれば、車検を受けたとみなされ、その証明により路上を走る車両として認められる。

 国による出荷前検査をメーカー責任で代行する仕組みであり、国が定めた「完成検査員」は、各社が知識や技能を考慮し、自社で指名した従業員が検査するように求めている。

 日産が全工場で認定した正規の「完成検査員」は約300人、補助検査員は約20人。西川社長は「経営拡大路線で人手が足りなくなるなかで起きたわけではない」と、人員コストの削減が不正の背景にあるとの見方を否定したが、生産の現場からは「手数が足りなくて作業が遅れることもしばしばある」(日産工場従業員)との悲鳴も聞こえる。

 いっぽうで、「匠の技を持つ熟練工と違い、3カ月も実習すれば資格が取れるのに、なぜ、検査員の育成指導を強化しなかったのか」(ライバルメーカーの生産管理担当)との声もある。

■日産が失ったのは約250億円のリコール費用と信頼

 西川社長は記者会見で「モノづくりの世界ではあってはならないことだ」と猛省したうえで、「検査そのものは確実に行われていた。安心して使ってもらえないことはない」と強調した。

 百歩譲っても「ルール違反」を見逃すわけにはいかないが、西川社長が「安全性には問題がない」と主張しているのは、補助検査員でも一定の技能知識に習熟しており、完成検査に必要な項目は、作業工程の各段階でも不具合はないか常に厳しくチェックを積み重ねているという理由からだ。

 それでも、10月6日には、2014年1月6日から2017年9月19日に製造されたスズキや三菱自動車などの生産(OEM)分も含め38車種、約116万台のリコールに踏み切った。

 約250億円の費用を見積もっているが、いち早く再点検することで購入者の不安や疑念を解消し、無資格検査問題の決着を図りたい狙いがある。

 しかし、中期経営計画の公表を延期し、今年の「日本カー・オブ・ザ・イヤー」の出場辞退(自粛)など、日常業務でも波紋が広がっている。

 しかも状況はさらに悪化する。

 西川社長は、先の10月2日の会見では「9月20日以降は認定の検査員が100%行うようになった」と発言していたが、10月18日に報道された新たな情報として、10月11日まで、日産車体湘南工場で検査を無資格者が継続していたことが、第三者を交えた社内調査で発覚している。国や消費者に対しても虚偽の発言をしたことにもなる。

 徹底した原因究明と再発防止策が急務だが、長年にわたり、日産の完成検査の現場で組織的な偽装工作が横行していた可能性は否定できず、傷ついた信頼の回復は容易ではないだろう。

会見に臨んだ日産の西川社長。日本自動車工業会の会長を務めているが、東京モーターショー期間中は、筆頭副会長であるトヨタの豊田章男社長が「会長代行」として公式行事を務めることになった
会見に臨んだ日産の西川社長。日本自動車工業会の会長を務めているが、東京モーターショー期間中は、筆頭副会長であるトヨタの豊田章男社長が「会長代行」として公式行事を務めることになった

■なぜこの時期に立ち入り検査したのか?

 それにしても、国交省はなぜ、この時期に抜き打ちで立ち入り検査を行ったのだろうか。巷では「現場を軽視する経営陣への嫌がらせで、待遇に不満の期間従業員の告発」(業界関係者)との噂話もあるが、真相はやぶの中。そこで注目したいのは衆院解散・総選挙が急浮上した直後に、立ち入り検査を行ったことである。

 石井啓一国交相は「使用者に不安を与えて極めて遺憾。安全性の確保と再発防止の徹底について厳正に対処していく」とコメントした。森友・加計学園問題などで批判を浴びた安倍内閣が、常態化した不正行為を正す改革姿勢をアピールして支持率の低下を食い止めたいとする意図も読み取れる。

 前述のように、石井国交相も「制度の根幹を揺るがす行為」と批判したが、制度そのものが時代に即さないとの指摘もある。資格者の選定も曖昧な基準を再検討するなど検査制度の抜本的な見直しに真剣に取り組むべきだろう。

 日産の偽装工作の疑いが発覚してから、ほぼ1カ月半になるが、信頼を裏切るような「反則行為」だけに、監督官庁の国交省やユーザーもあっさり見逃すことができないのは当然だろう。

 危機意識の甘さや現場との風通しの悪さなども浮き彫りとなり、今後、原因究明がどこまで進められるのか、日産の無資格検査問題は、経営責任が問われる新たな局面を迎えている。

■全国の販売店はどう対応するのか(編集部)

 日産は38車種、約116万台のリコールを国土交通省に届け出たが今後の展開としては、10月末までに対象車種を割り出し、該当者のユーザーにお詫びと点検を要請するDM(ダイレクトメール)を発送した。ユーザーはそのDMを携え、該当車を指定された販売店に持ち込むことになる。これを各サービス工場に在籍する資格のある検査員が点検し問題がなければユーザーに引き渡し、走行が可能となる。ところが実際は問題が山積している。

 点検に要する作業時間は1台について2~4時間程度かかるといわれる。車検とほぼ同じチェック項目をクリアしなければならないからだ。したがってユーザーが愛車を持ち込んでから点検作業が終了するまでショールームで待たせるわけにはいかない。ユーザーはいったん自宅に帰るとすれば、その足や費用は誰が負担するかである。終了した愛車は営業マンが届けることになる。

 サービスマンの半数(1店舗4~5人程度)は自動車検査員の資格を持っているので、この人たちが点検作業にあたる。ところがこちらのスタッフも日常は定期点検、車検、修理の業務を行っているので、そちらの作業を遅らせることはできない。

「販売店は作業にかかった費用をメーカーに請求するので、経営には多少のプラスになると思いますが、営業マン、サービススタッフは残業といってもそれほど手当が上がるわけではないのでくたびれもうけですね」(首都圏日産営業マン)とコメント。

 また「お客さんにお詫びをする。そのうえ、引き取り納車で時間を取られるのでその間、本来の新車販売業務ができないのがつらいです」と頭を抱える。

■10月中旬段階では現場の混乱はあまりなかった

 日産販売店の現場はどのように受け止め、どうなっているのか。10月中旬、首都圏の東京、千葉、埼玉地区の日産系列店を回り取材した。

 東京地区のプリンス店では「ニュースが流れてから、問い合わせが多くなっていますが、まだ応対で困っている状況ではありません。答えるのに時間を取られますが、新車販売に影響が出るのは、実際にリコール車が入庫する今月末からだと思います。ただ、ノートe-POWERやセレナの販売への影響はまだありませんが、リーフは多少出始めているような気がします。航続距離が延び、スタイリッシュで性能もよくなっているので人気が高いのですが、リコール対応で納期が遅れ気味ですので、スタートダッシュの勢いを多少そがれた感じもします」と不安顔だ。

 千葉地区の日産店では「お客さんのもとにDMが届くのは今月(10月)末からなので、それまでは嵐の前の静けさという感じですね。問い合わせや商談時にリコール問題で時間を取られることはあっても、キャンセルはまだ発生していません。整備士達は怒りを秘めています。まだ作業がスタートしていないので、なんともいえませんが、静かに構えている状況だと思います」。

 埼玉地区の日産店では「既納ユーザーは愛車がどうなっているのか問い合わせるケースが確かに増えています。まだ明確になっていないのでお客さまからの苦情はあまりきていません。ただ、対象台数があまりにも多いので引き取り納車で不満が出るのは覚悟しています」と来るべき嵐に気持ちを引き締めているといった状況だった。

 国交省は日産に対して過去の運用状況や再発防止策の報告を求めているが、単なるリコール対応ではなく、組織的な偽装が行われていた場合、大がかりな処分が行われる可能性もありうる。その結果次第では、今後のニューモデル投入スケジュールに支障を来す可能性もある。

 注目すべきは2018年最大のヒット車になるのでは……と目されている、セレナe-POWERの発売だ。東京モーターショーに出品された段階では、「2018年春に発売」とアナウンスされていた。はたしてスケジュールどおり発表できるのか。すでに多くのユーザーが購入に前向きな問い合わせをしているという。

ヒットが予想されるセレナe-POWER。スケジュールに影響が出なければよいが……
ヒットが予想されるセレナe-POWER。スケジュールに影響が出なければよいが……

 今回の発覚を受けて、国交省は各自動車メーカーに完成検査の入念な調査と報告を命じた。その結果、スバルの群馬工場で同様の「無資格者による完成検査と捺印」が発覚。同社もトップが会見、謝罪、リコールとなった。

 本件を取材して実感するのは、むろんメーカー側のコンプライアンス(法令遵守)に対する考えの甘さと、完成検査制度の曖昧さだった。

 本件がもたらしたのは、「これまでコツコツと積み上げてきた、国産自動車メーカーに対するなんとなく感じていた信頼感」が揺らいだという結果だった。これを挽回するためには、また再びコツコツと信頼を積み上げていくしかない。そしてそれは自動車メーカーだけでなく、検査側である国交省も一体となって進めていくべきだ。

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