高性能スポーツカーは馬力だけで勝負できるほど甘くない
しかし、「じゃぁ馬力規制がなかったら日本のスポーツカーはその後も大ブレイクしたのか?」と問われると、残念ながらそれはたぶんノーでしょう。
レーシングカーなら馬力だけで勝負できるが、高価な高性能スポーツカーを売るには馬力だけではまったく不十分。
それはむしろブランディングやマーケティングの勝負で、馬力自主規制さえなければ日本車が欧州プレミアム車と互角に勝負できるというような安直な話ではない。
NSXをはじめR34GT-Rやエボ/インプなど少数の硬派なスポーツカーは、馬力とパフォーマンスを武器に一定のファンを獲得したけれど、日本車の守備範囲は頑張ってもそこまで。
ポルシェやフェラーリに迫るようなブランドスポーツカーや、ベンツ/BMWが得意とする高性能セダンの領域には、とても当時の日本車が進出する余地はなかったでしょう。
日本車がいわゆるスーパーカー領域に足を踏み入れるのは、2007年のR35GT-Rまで待たなければならなかったし、レクサスの価格レンジや商品ラインナップがドイツ御三家なみになったのはつい最近のこと。
ぼくも以前は「馬力自主規制が日本のスポーツカーをダメにした」と考えていたクチですが、規制うんぬんよりもブランドを熟成する時間のほうが必要で、パワー競争に邁進できなかったからこそその時間がとれたのは有益だったのではないか、今はそう考えている次第です。
軽自動車の64馬力自主規制は定着
いっぽう、日本にはもうひとつの馬力自主規制として軽自動車の64psリミットというものがあって、これは280ps規制と違って国内だけで完結するドメスティックな自主規制。こちらの評価も難しいところです。
きっかけとなったのは2代目アルトに追加されたアルトワークス(ワークスとしては初代)で、550ccながら64psのDOHCターボエンジンを搭載。あまりの過激さに、1987年に軽自動車は最高出力64psの自主規制に踏みきります。
実は、軽自動車は排気量が360ccだった1970年代にも、リッター100ps(つまり36ps)を目指す激しいパワー競争があって、その後遺症に苦しんだ歴史がある。
軽の馬力を必要以上に上げても喜ぶのは一部マニアだけで、それによって一般ユーザーの軽離れが起きたり軽規格不要論が浮上したりしたのでは元も子もない。業界全体に、そういうトラウマが残っていたんですね。
そんな共通認識があったから、運輸省も業界団体も「最高出力は64psまで」という自主規制ルールには異存がなく、短期間で馬力競争は終焉。
普通車の280ps自主規制は2004年に4代目ホンダレジェンドがカタログ馬力300psでデビューして終わったのに、軽は現在もこのルールが存続しています。
今の技術をもってすれば、660ccから100ps程度を引き出すのは容易だろうし、最高速度も180km/hくらいなら楽勝に達成できるでしょう。
しかし、軽自動車の性能をそこまでスケールアップさせたら、価格も普通車なみになるだろうし、スタビリティや安全性に対する要求も増大する。
そうなると、わざわざ軽の枠の中でクルマを造る意味はどんどん薄れ、「軽規格を廃止して普通車に一本化すべし」という議論が必ず持ち上がってくる。
軽の馬力自主規制は、そういった「軽規格不要論」が持ち上がらないように配慮した「大人の事情」でもあり、業界自らが望んだ結果ともいるわけです。
ここ10数年軽自動車の売れ行きはきわめて好調に推移してきたし、ユーザーの関心は馬力よりも燃費。
現在の軽自動車ユーザーはみなさんはクレバーだから、馬力規制をなくして100psの軽を作っても、そんなにたくさんは売れないでしょう。
もともと軽自動車は車体寸法やエンジン排気量に独自の枠を決めているのだから、そこに馬力の規制が加わっても大勢に影響なし。
むしろ、64ps自主規制はもはや軽規格の一部として定着したとみるべきなんじゃないでしょうか。
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