近代化されたF1。失ったのは「思いやり」
現在ではエンジニアとドライバー間でのブリーフィングで作業内容が検討され、それがジョブリストとしてメカニックへ渡され、文章化された作業内容と作業方法を元にメカニックが作業を行うのが普通だ。
変更、パーツ交換、セッティング内容などがリスト化され、それに準じて配給されたパーツを交換しアジャストするのが、現在のメカニックの仕事。
修理ではなく交換が主体、つまり“アッセンブラー”としての仕事が、多くの部分を占めている。
システム化された現在のチーム内作業環境は、人間関係にも大きく影響している。
僕らの時代(もちろんセナやピケの時代の話だが)、ドライバーとメカニックは、チームメートとしての関わりを持っていた。
お互いのディスカッションは当然で、多くの場合、仕事外でも友人関係に進展することも多々あった。
メカニックはドライバーを、ドライバーはメカニックを、自分の仲間として扱い、そんな関係が持てた時代だったのだ。
しかし、現在ではごく一部のスタッフしかドライバーとの会話はなく、シーズン中ひと言も交わさないスタッフさえ多くいるのが現実だ。
昔、F1チームではドライバーやメカニックを含め、チーム全体でお互いを思いやっていた。いや、思いやることができた時代であった。
近代化された凄まじいテクノロジーと、世界企業とのコラボで巨大なF1経済を作り上げた現在のF1レーシング……この成功の代償は、もしかすると薄れゆく、この思いやりだったのかもしれない。〈完〉
津川哲夫
1949年生まれ、東京都出身。1976年に日本初開催となった富士スピードウェイでのF1を観戦。そして、F1メカニックを志し、単身渡英。
1978年にはサーティスのメカニックとなり、以後数々のチームを渡り歩いた。ベネトン在籍時代の1990年をもってF1メカニックを引退。日本人F1メカニックのパイオニアとして道を切り開いた。
F1メカニック引退後は、F1ジャーナリストに転身。技術者としてF1を経験した実績を生かし、『ベストカー』などに寄稿。主な著書は『F1グランプリボーイズ』(三推社・講談社発行)
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