フェラーリのボス、マティア・ビノットが辞表を提出し、12月一杯でフェラーリを去ることが決定した。前任者のアリバベーネの後を受けてある意味ピンチヒッター的な人事であったが、しかし今年のフェラーリF1-75は勝てるマシンであり、チームはトップエンダーに戻ってきたにも関わらず……。お決まりのフェラーリのお家騒動を元F1メカニックの津川哲夫が解説する。
文/津川哲夫
写真/Redbull,Ferrari
今年のコンストラクター2位は2年前と比べたら大成功、大躍進と言って良い
ビノットは本来エンジン・エンジニアであり、チーム運営とは遠いところにいた人物だが、他の人材がおらずチームの代表の立場を押し付けられた感もあった。それでも当時のフェラーリCEOのセルジオ・マキオーネと彼の亡き後を継いだルイス・カミッレーリとチームの立て直しを請け負ってきた。結果、20年の最悪期から22年にはコンストラクターズランキング2位、ルクレールはドライバーズランキング2位を獲得、常識的な目で見れば大成功と言って良いはずなのだが……。
イタリアとフェラーリは常に独特の関係を持ち、それが多くの場合はチームを渾沌に落とし込む。それは過去から綿々と続くフェラーリのメンタリティなのだ。特にイタリアのメディアは僅かでも成績が悪ければフェラーリを叩きまくる。そして、チームの誰かを戦犯に見立て、吊るし上げ、首にしろと騒ぎ立てる。これはイタリアン・プレスとティフォシの、さらに言えばイタリア自体のメンタリティと言っても良いかもしれない。
もちろんどの国にも似たような事情は存在するが、フェラーリへのそれは異様に思えるほどなのだ。事実チームの経営陣もイタリアン・メディアの記事に一喜一憂するのは毎度のことだ。そしてチームのリーダーはそのプレッシャーに勝てるほどの人物はおらず、結局はその世論に押され、現場の現状を知らないまま、無用な首切りをしてしまうのだ。
多くの失敗は作戦を統括するエンジニア集団でビノットではない
ビノットの能力がどれほどの物かは知らないが、少なくとも今シーズンのF1-75は際立って速いマシンであったし、エンジンの信頼性の問題も終盤には解決していた。実際メルセデスの大きな足踏みを考えれば、ビノット・フェラーリは上出来だったはずだ。
ビノットの潔さは、チーム内部と経営陣からのアゲインストの風を察知したところで、自ら辞表を出してしまったことだ。今シーズンのフェラーリの失敗は確かに信頼性の問題も大きかったが、多くは作戦面での人的な失敗とドライバー自らのミスが、チャンピオンシップに大きなダメージを与えていた。そして作戦を考えるのはビノットの役ではない、したがって真の問題点は作戦を統括するエンジニア集団と言うことになる。
今回のビノット追放劇中にそのあたりの話は出てこず、失敗の全てがビノットと言う解釈がまかり通っている。
しかし、そうは言っても、ビノットに責任が無いかと言ったら大間違いで、例えば作戦エンジニア達の組織を再構築できなかったこと(恐らくマラネロ側の勢力が作戦本部では強かった可能性が高い)、マシン開発の方向性をエアロチームに押された事、これらの部門同士の疎通を図れなかったことへの責任、さらには断固たるリーダーシップを最後まで持てなかったこと……、やはり責任は重大である。ただしそれらを何とか改善しようと努力をしていた事は事実のようで、チームは終盤やっと持ち上がってきたのだが、イタリアとフェラーリには時既に遅し、ビノットヘの糾弾を止めることはできなかったわけだ。
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