年が改まり令和8年・丙午(ひのえうま)の年を迎えた。これから初詣で神社仏閣に参詣する方も多いだろう。今年最初のパワースポットは北口本宮冨士浅間神社を紹介する。あまりにも有名な神社だが、行っていただきたいのはさらに奥の祠と表現してもいいほどのお宮である。
文/写真:古川智規(バスマガジン編集部)
(詳細写真は記事末尾の画像ギャラリーからご覧いただくか、写真付き記事はバスマガジンWEBまたはベストカーWEBでご覧ください)
■北口本宮冨士浅間神社
北口本宮冨士浅間神社は山梨県富士吉田市にある。富士山の周りには山梨県にも静岡県にも「浅間神社」と名の付く神社が非常に多い。浅間神社の名がつく神社は富士信仰により建立されたケースが多く、主祭神はコノハナサクヤヒメであることがほとんどだ。
北口本宮冨士浅間神社も同様にコノハナサクヤヒメとその父神様であるオオヤマツミ、さらにはコノハナサクヤヒメの夫であるニニギノミコトの三柱が祀られている。オオヤマツミノカミは山の神様で、その関係からコノハナサクヤヒメは日本一の名峰富士山を象徴する女神さまとしてお祀りされてきた経緯がある。
夫婦神がお祀りされていることから夫婦和合の御神徳があるが、記紀ではニニギノミコトはコノハナサクヤヒメをめとった後にやらかしてしまうが、そのあたりのお話も日本の神様が人の子らしい側面を持つ面白いストーリが秘められているので興味があれば記紀を読んでいただきたい。
さて、由緒としては景行天皇の御代である西暦110年にヤマトタケルノミコトが東征する際に当地の「大塚丘」で「北方に美しく広がる裾野をもつ富士は、この地より拝すべし」と仰せになったという。よって約1900年の歴史がある神社ということになる。
御神体はたいていの場合、富士山そのものなので、御神体を目の前にして参拝することになる。もともとヤマトタケルノミコトが富士山を遥拝したことにより建立された神社なので、同社も富士山を目の前に遥拝する巨大な遥拝所が神社になったと解して差し支えないだおる。それだけ、長きにわたり富士信仰が絶えなかったということの表れなのかもしれない。
■神々しい空気がいっぱい
交通機関は後述するが、バス停の前の前に表参道の立派な鳥居があり、そこから一直線に伸びる参道がまず神々しい。参道を歩くだけでお腹いっぱいといってもよいくらいの空気がそこにはある。
大鳥居をくぐり手水舎でお清めを済ませると拝殿の前に立派な杉とヒノキがある。いずれも御神木でその立派さに圧倒される。拝殿で参拝を済ませると拝殿横に御朱印所がある。3体の御朱印を受けることができるが、当社の御朱印と境内社の諏訪神社までは敷地内なのでわかるのだが、もう1体が大塚丘となっており、場所がよくわからない。
3体とも受けると書いてもらう時間がかかるので、後先になるが御朱印帳を預けて番号札をもらい場所を聞いてその間に参拝をしに行く。本殿の右隣の道を境内社が並ぶ横を富士山の方に歩くと、明らかに境内の敷地を出てしまう。
そのまま駐車場の脇を緩やかな坂道で登って行くこと約5分で、左手に小さな鳥居が見える。ここが大塚丘(おつかやま)である。鳥居をくぐり数段の階段を登った先に祠がある。こここそがヤマトタケルノミコトが富士山を遥拝したその場所なのである。よって北口本宮冨士浅間神社の発祥の地といってよい地なのだ。
御朱印は後でいただくとして、この小さな丘の祠の前に立つとすぐ見える下に道路が走っているにもかかわらず、隔絶された地であるかのような錯覚にとらわれる。事実、目の前の鳥居まで大塚丘を目指してせっかくやってきた外国人観光客は、敷地に足を踏み入れることなく元来た道を引き返してしまった。
観光地っぽくなくつまらないので引き返したのか、何らかの理由で入ることができずに引き返したのかは知る由もないが、記者の目の前で引き化してしまった外国人観光客を見て、パワースポットであることを再認識した。









