1994年10月に登場した初代オデッセイは、販売不振に苦しんでいたホンダを救った救世主であり、日本のミニバンブームをけん引した名車である。しかし2026年度末で生産終了というニュースが入ってきており、32年歴史に幕を下ろそうとしている。なぜ一世を風靡したオデッセイは売れなくなったのか。初代から現行5代目までの歩みを振り返りながら、その理由を探ってみたい。
文:ベストカーWeb編集部/写真:ベストカーWeb編集部、ホンダ
オデッセイが2026年度(2027年3月末)で国内販売終了というニュー
2026年6月19日、読売新聞が報じた「オデッセイが年度内に国内販売終了」のニュース。事の真意をホンダ広報部に連絡を取ったが「弊社は公式にオデッセイの国内販売終了のアナウンスをしてはいません。また今後公式発表するかどうかにつきましてもいまのところ予定はありません」とのことだった。
そこで、販売現場である首都圏のホンダカーズに話を聞いてみると「オデッセイが2026年度内に生産終了するとメーカーから通達が来ています」とのことで、どうやら本当のようだ。
そこで、今回、5代にわたるオデッセイの歴史を振り返るとともに、なぜ売れなかったのか、考察していきたい。
初代オデッセイ(1994年10月~1999年12月):ホンダの危機を救った救世主
1994年10月に登場した初代オデッセイは、単なる新型車ではない。ホンダの命運を左右した「救世主」ともいえる存在だった。
1990年代前半、日本ではRVブームが到来し、三菱パジェロや各社のワゴン車が大ヒットしていた。しかし当時のホンダはセダンとクーペが主力で、流行のRVやミニバンを持っていなかった。
その結果、販売は低迷し、バブル崩壊の影響も重なって業績は悪化。一部では他メーカーとの合併や買収の噂まで流れるほど厳しい状況に追い込まれていたとされる。
そんな苦境のなかで開発されたのがオデッセイだった。
当時のホンダにはミニバン専用の生産ラインを新設する余裕がなく、アコードのプラットフォームを活用するしかなかった。しかしその制約が逆に功を奏する。低床・低全高のパッケージングを実現し、それまでの商用車ベースのワンボックスとはまったく異なるスタイリッシュなミニバンが誕生したのである。「クリエイティブムーバー(生活創造車)」の第一弾だった。
全高約1645mmのスマートなスタイルに加え、乗用車感覚のハンドリングや快適な乗り心地を実現。ミニバンを敬遠していたユーザーまで取り込むことに成功した。
発売直後から受注が殺到し、1995年には年間販売台数約12万5000台を記録。さらに初代モデルは5年間で国内累計43万3940台を販売する大ヒットとなった。オデッセイの成功によってホンダの業績はV字回復し、その後のCR-VやステップワゴンといったRV戦略へつながっていく。
まさに初代オデッセイは、経営危機にあったホンダを救い、日本のミニバン文化を大きく変えた歴史的モデルだったのである。
2代目オデッセイ(1999年12月~2003年10月):走りのミニバンを確立
1999年12月に登場した2代目は、初代の成功を受けて正常進化を遂げたモデルだった。
基本コンセプトは踏襲しながらボディサイズを拡大し、室内空間と快適性を向上。エンジンも強化され、より高級感のあるミニバンへと進化した。
販売面でも好調を維持し、2000年には年間約10万台規模を販売。モデルライフ全体では国内累計約34万台を販売し、初代に続く成功作となった。
この頃はトヨタのエスティマや日産エルグランドなどライバルも増えてきたが、2001年には車高を落とし、ハンドリングが楽しめるスポーティグレード「アブソルード」を設定し、オデッセイは「走りのミニバン」という独自ポジションを築いたのだった。




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