日本政府は2020年10月に「2050年にカーボンニュートラル達成」の目標を掲げ「自動車は電動化を推進する」と宣言、そのためには包括的な手段を取るとしました。そして菅首相は2021年1月の施政方針演説においてすべての新車販売を電動車へと切り替える時期を今から14年後の2035年まで、と明言しています。
ここでいう「電動車」には電気自動車や燃料電池自動車だけでなく内燃機関を持つプラグインハイブリッド・ハイブリッド自動車が含まれるため、必ずしもすべてのクルマがゼロエミッションの自動車に取って替わられるわけではないですが、国策として電気自動車の普及にこれまで以上に力を入れていくことが確実です。
ここで気になるのが電気自動車が本格的に普及したら今まで予想もつかなかったトラブルが起きたりしないか?
例えば「電気自動車の充電によりピーク時の電力使用量が跳ね上がって電力不足になり、真夏の日本で大停電が発生しエレベーターで閉じ込められる人が続出、自家発電設備を持たない企業や店舗が大混乱に」、「電気自動車を支える急速充電器が足りず、行楽シーズンに各地の高速道路のサービスエリアから本線上まで充電待ちの列が伸びて大渋滞」など、これまで予想もされていなかったトラブルです。
本当にこのようなことが起きる可能性があるのか、経営アナリストの柳澤隆志氏が解説します。
文/柳澤隆志
写真/柳澤隆志 トビラ写真(アメリカ・カリフォルニア州にある40基も設置されているテスラの急速充電器スタンド AdobeStock sheilaf2002)
著者・柳澤隆志 PROFILE:外資系証券会社に25年勤務、米系証券会社東京オフィスにて史上最年少で最上級の職位であるマネージングディレクターに昇格し市場・投資銀行業務に精通、現在経営アナリストとして独立。
車遍歴としては社会人2年目で初代Z3、2000年にポルシェ993型911カレラ4Sを購入し21年間乗った後、フェラーリ458イタリアの新車同様が直近納車になったばかり。セカンドカーとしてアルファ147、ジャガーX350 XJ-8を経て現在メルセデス・ベンツW212型E350ステーションワゴンも保有する大のクルマ好き、2018年式ヤマハYZF-R1も保有。
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■電気自動車が電力不足を引き起こす?
まず電力不足の可能性について考えてみよう。昨年12月に自動車工業会の豊田章男会長はオンライン記者会見でこう述べた。
「乗用車をすべてEV化したらどうなるか試算したが、夏の電力使用のピークの時に全部EV車になった場合には電力不足が起き、解消には発電能力を10から15%増やさなければならない。これは原発でプラス10基、火力発電であればプラス20基必要な規模。」
やはり電力不足の問題は避けられない。ただし現在ナンバーがついているすべてのクルマ約7817万3千台に対し電気自動車は現在わずか約11万9000台しか保有されていない(令和2年3月末時点、日本自動車販売協会連合会調べ)。全体に対する割合としてわずか0.15%なので、「いきなりすべてのクルマが電気自動車になったら電力不足になる」という試算はかなり極端なもののように思われる。
では仮に政府が力強く後押しして電気自動車のシェアを今の100倍、自動車全体の15%にまで押し上げたとしよう。
台数にして約1190万台。日本のクルマの平均走行距離は年間約8000㎞、電気自動車の平均的な電費は7㎞/kwhと言われている。したがって電気自動車1台が年間に消費する電気は約1143kwh、日本中の約1190万台の電気自動車が年間に消費する電気は約137億kwhという計算になる。
日本の2018年の全国年間発電量は約1兆kwhなので、電気自動車の普及率が今の100倍に増えたとしても年間発電量のわずか1%強の需要が増えるに過ぎない。
もちろん日本は自然災害も多いうえ、大規模な発電所が定期点検修理に入れば現在の発電能力が減少する可能性もあるが、現在の計算では近い将来電気自動車が大きく普及したとしても急に電力不足になるというのは考えにくい。
上記の分析は一年を通した平均的な需給についてだが、瞬間最大風速的なピーク時の電気自動車による電力需要増加の影響を考えてみよう。
現在日本での電気自動車用急速充電器の設置台数は7900基。1基あたりの電気自動車の数は15台となっている。仮にゴールデンウイークやお盆休みなどの行楽シーズンに急速充電器に電気自動車が殺到して日本中の急速充電器がフル稼働した時に何が起こるのか。
急速充電器1基あたりの充電能力/使用電力を90kwhと仮定すると、すべての急速充電器が稼働した場合日本全体で電気自動車の充電に使われる電力量は7900基x90kwh=71万1千kwhとなる。
ちなみに首都高に設置されている急速充電器の充電能力は30khwなのでかなり保守的に見積もった数字となる。この数字は日本の発電キャパシティに対して大きいのか小さいのか。
2020年度に全国で1時間当たりの電力使用量が最も多かったのは8月20日木曜日の14時から15時。猛暑で家庭用のエアコンがフル稼働し、企業活動もお盆休み明けで再開したタイミングだ(電気事業法に基づく電力会社の団体「電力広域的運営推進機関」発表の「電力需給検証報告書」による)。
その時の電力需要は1億6639万kw、それに対して供給力は1億8607万kwだった。つまり一年で最も需要が大きいときでも日本全体で約2000万kw、11.8%の余力があった計算になる。すべての急速充電器がフル稼働する時の必要電力量71万1千kwhの27倍以上の発電余力があったということになる。
ということは現状の電気自動車の台数では夏の電力ピーク時に電気自動車が一斉に充電しても停電が起きたりせず、大した影響はないということになる。
安定した電力供給が行われるためにはピーク時でも供給能力が需要を最低3%上回らなければならないと言われているので、現在の最大供給能力の11.8%の余力を3%残して残り8.8%を電気自動車に全振りできると仮定するとフル稼働する急速充電器の数が今の20倍(≒電気自動車の台数が20倍)となっても現状の発電能力のままでピーク時電力の安定供給が可能であるという計算になる。
仮に電気自動車の普及率が現在の100倍の15%になり、急速充電器の数も100倍になればフル稼働時の瞬間最大消費電力も100倍の7110万kw。そうなると日本全体の需要ピーク時の発電余力約2000万kwを大きく上回ることになり、当然発電所の増設が必要となってくる。
昨年の年間国内新車販売台数が465万台、現時点での電気自動車の登録台数が約11万9千台、日本で最も売れている電気自動車である日産リーフの販売台数が年間2万台もしくはそれ以下。世界で最も多く電気自動車を生産しているテスラの2020年の世界生産台数が約50万台(ただし2021年には50%を超える生産台数の伸びが予想されている)。
この数字を踏まえると日本での電気自動車の普及率が今の20倍の3%、約238万台を超えるにはどんなに早くても3年程度はかかる。
さらにこれが今の100倍の15%、約1200万台を超えるのにはどんなに急いであらゆる政策を動員しても早くても5年から7年はかかるだろう。したがって電気自動車の普及による電力不足という事態がいきなり起きたりはしないだろう。
ただし火力発電の比率が8割弱の日本でさらに火力発電所を増設するのはカーボンニュートラルの観点から現実的ではなく、既存の原発の再稼働にも反対意見が強いなかでこれからの電力不足をどう賄うのかのコンセンサスをわれわれ国民が形成し、それをもとに実際の電力供給能力を増強するために発電所を建設するための時間としては3年から7年という時間はむしろ短すぎるのかもしれない。
豊田会長のオンライン記者会見で「このままでは国際的な競争に太刀打ちできず日本で自動車を生産できなくなる」という悲壮感が漂っていたのはまさにこの点を懸念していたように筆者には思われた。
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