1989年。一台の高級車が世界にデビューする。LS400。ライバルたちに匹敵するクオリティでありながらライバルたちよりもリーズナブルな価格設定に世界中が驚愕し、絶賛した。
LSが世界を席巻した理由と、代を経るに従って変貌していったLSの歴史を国沢光宏氏が当時の回想を交えて解説する。
文/国沢光宏、写真/TOYOTA
■日本メーカー初の本格的高級車が世界を震撼
LS400。日本名セルシオは日本の自動車メーカーが初めて本気で開発した高級車であり、世界中のライバルを震撼させた。当初、LS400を高く評価したのは日本のメディアだけだったけれど、やがて海外のメディアも絶賛。評価の高さを見てライバルメーカーはLS400を入手し分析。すぐポテンシャルの高さに気づく。
実際、静粛性で圧倒的に優位。性能やボディサイズ、質感などはベンツSクラスやBMW7シリーズ、ジャガーXJといったラグジュアリーセグメントに匹敵しながら、スターティングプライスはベンツEクラスやBMW5シリーズに近い。
アメリカでは驚くほどの速度感でライバルのシェアを奪って行くほどの大ヒットを飛ばした。
参考までに書いておくと、BMWとジャガーはLS400のエンジンに衝撃を受け新世代V8の開発に着手。BMWは1996年に。ジャガーも1997年にS400のようなV8を発売したほど。
誇り高きベンツや伝統のキャデラックもLS400を強く意識したクルマ作りをしている。それくらい初代LS400が与えたインパクトは大きかった。
■ある意味アメリカの横暴が生んだともいえるLS
なぜ突如そんなクルマが生まれたかと言えば、1980年代に沸き上がった日米貿易不均衡問題にたどり着く。当時、日本は日本で生産したクルマを大量に輸出していた。一方、アメリカ車は日本でほとんど売れない。
怒ったアメリカが日本に輸出台数の自主規制を求めてきたのだった。台数減れば当然の如く利益も下がる。
そこでトヨタは「台数制限をされるなら1台あたりの収益率を高めよう」と考えた。150万円くらいのカローラが中心だったのを、350万円のクルマを作って全体的な利益を落とさないようにしようとしたワケ。
トヨタは高いクルマを売るため、生産ラインや材料から抜本的に見直す。当時、取材して「凄い!」を連発したのを思い出す。
車体はレーザーで精度チェックを行い、エンジンもピストンの重さを全数計測し、重量まで揃える。クランクシャフトのバランス取りまでしてましたから。
その上でラインオフした車両の全てをテストコースで走行チェックするなど、やるべきことを全て取り入れた。鈴木一郎さんという、昭和の熱血漢が作り上げたクルマです。
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