車を運転していればブレーキを踏むということは、誰もが何百回、何千回と日常的に行っている行為だろう。しかし、ブレーキを目一杯「強く踏み込む」機会は、そう訪れるわけではない。
昨今、高齢ドライバーが関わる事故が多発しているが、「ブレーキを強く踏んだ」と思っていても、実際には急ブレーキをできていない場合が多く、一般ドライバーにとって車を最短距離で止めることは思っている以上に難しい。
急ブレーキを掛けるには、どれくらいの「踏力」が必要で、どのような「踏み方」が正しいのか。“車を止めるプロ”でもあるレーシングドライバーで自動車評論家の松田秀士氏が解説する。
文:松田秀士
写真:Adobe Stock、HONDA、RedBull Content Pool
多くのドライバーはブレーキを「使いきれていない」
高齢ドライバーによる昨今の悲惨な事故。そのどれもがブレーキさえきちんと踏めていたら回避できたはず、と筆者は考える。
自動車は1トン以上の物体が移動する。もし1トンもの岩が転がってきたらどうするだろうか? ブレーキを持たない岩が転がってきたら誰もが逃げるはず。
車には速度を落とし止めることのできるブレーキが付いているから安全に走れ、周りも安心していられる。そして、それをコントロールするのがドライバーだ。
しかし、そのドライバーの誰もがちゃんとブレーキを踏めるわけではない。というか、ブレーキを使い切れてはいないのだ。
現在販売されているほぼ全ての乗用車にはABS(アンチロック・ブレーキ・システム)が装備されている。
ABSは、タイヤがロックした瞬間にブレーキ圧を緩めてロックを解除し、またロックするまで圧力を上げる、という動作を自動で繰り替えすシステム。
ABSが作動すれば、コツコツといった振動が足に伝わってくるのですぐにわかる。これによって減速時のタイヤ性能を使い切ることができる。つまり最短距離で止まれる。
また、その状態でステアリングを切っても、切った方向に移動することができる。
例えば、走行中前方に人が急に飛び出してきた場合、まず急ブレーキを踏み減速。
それでも間に合わないと判断し、どちらかにステアリングを切って避けようとした場合、ABSが付いていない車だとタイヤがロックしてしまい、ステアリングを切っても車の向きは変わらず人を跳ねてしまう。
しかし、ABSがあればタイヤはロック⇔回転を繰り返すので、ステアリングを切った方向に向きを変えることができるのだ。
踏む力は100kg!? 本来ブレーキに求められた「力と技術」
つまり、ABSがなかった時代では、このABSの操作をドライバーがする必要があった。これは神業ともいえるハードルの高い技術。
最近ではABS付きのレーシングカーも多くなったが、筆者が過去にドライブしたレーシングカーにはABSが装備されていないものが多かった。
例えば現在のスーパーフォーミュラーに匹敵するF3000マシン。
筆者は1991年までF3000マシンをドライブしていたが、鈴鹿サーキットのシケインコーナーなど50km/h近くまで減速する時は、ブレーキペダルを100kg以上の踏力で踏み込む必要があった。
市販車のように踏力を補助するブレーキサーボ(マスターバッグなど)が付いていないので、それはそれは重いブレーキだった。
現在のF1マシンにもブレーキサーボは付いていないので、タイヤをロックさせてバトルするシーンでは相当な力で踏んでいるのだ。
ただし、F1マシンはカーボンファイバーのブレーキなので、スチール製のブレーキほど踏力は必要ない。これはカーボンがスチールより、より高温に耐えられるので、ブレーキ内の摩擦係数を上げられるためだ。
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