1台の車に宿った人生の物語――元零戦搭乗員・土方大尉が愛した名車スカイライン


零戦のエンジン技術者たちが作った名車

 戦闘機乗りだった土方さんは、飛行機や自動車といった「エンジンのある乗り物」と、カメラ、オーディオが大好きで、80歳まで軽飛行機の操縦桿を握っていたし、車も、昭和30年代初めの日野ルノーに始まって、さまざまな車を乗り継いできたという。

『ベストカー』や『カーグラフィック』『NAVI』などの自動車雑誌も欠かさず読んでいた。成蹊学園を定年退職した1985年には、当時の若者の憧れだったホンダ・プレリュード、しかもDOHCエンジンを搭載した最上級グレードのSiを購入している。

「プレリュードもいいクルマだったけど、私はFR車のほうが馴染んでいて、ハイパワーでもFFというのがちょっと不満だった。

 そこへ、スカイラインが7代目から8代目へモデルチェンジ(1989年)して、コンパクトなスポーツセダンとして甦ったという。自動車雑誌や『間違いだらけのクルマ選び』(徳大寺有恒著・草思社)を読んでも絶賛されている。それで、どうしても乗ってみたくなって買い替えたんです。

 スカイラインといえば元はプリンス自動車で、プリンス自動車のエンジニアたちは零戦の『栄』エンジンを造っていた中島飛行機の技術者でしたから、そんなノスタルジーもありましたね」

 と、土方さん。「超感覚スカイライン」と呼ばれた8代目R32スカイラインは、ラグジュアリー寄りになった7代目をサイズダウンして、そこに強力なエンジンと足回りを載せたモデルだった。

 選んだのは、センセーショナルな話題になった4WDのGT-Rではなく、215馬力の2L直6ツインカムターボエンジン・RB20DETを積んだ2WD (FR)の最上級車種、4ドアスポーツセダン(ピラードハードトップ)のGTS-t TypeMだった。

富士山をバックに

 これは、「見た目はふつうの4ドアセダンで、走らせたら速いっていうのがカッコいい」という、土方さん流のこだわりである。

 当時のカタログによると、GTS-t TypeMには、16インチアルミホイール、本革巻スポーツステアリング、4輪操舵のスーパーハイキャスをはじめ、走りのためのありとあらゆる機能が標準装備されているが、土方さんはさらに、オプションの4WAS(4輪アクティブステア)やGTオートスポイラー(速度感応式のフロントスポイラー)までつけている。

 全長4580ミリ、全幅1695ミリ、全高1340ミリ、5ナンバーのコンパクトな4ドアボディにハイパワーエンジンという、まさにスカイライン本来の姿ともいえるグレードだった。

1台の車に宿った人生の物語――元零戦搭乗員・土方大尉が愛した名車スカイライン
スカイラインのアイデンティティ、丸いテールランプ

 5速マニュアルではなく、4速ATを選んだのは、当時68歳という土方さんの年齢によるものだ。車両本体価格は、243.7万円だが、エアコンやオーディオもふくめたオプションを合わせると、300万円はゆうに超えたはずである。

 土方さんの妻・兼子さんは、

「よく夫婦でドライブしたり、釣り、ゴルフなどに出かけたりするんですが、主人は目的地にも、きれいな風景にも興味がないみたいで、エンジンの音ばかり気にしてるんです。運転そのものが好きだったんですね」

 と回想する。土方さんは、運転するときには必ずドライビンググラブをつけていたという。

1台の車に宿った人生の物語――元零戦搭乗員・土方大尉が愛した名車スカイライン
1992年、土方さん夫妻とR32スカイライン。土方さんはこのとき70歳

この距離で20ミリを撃てば必ず当たる

 私が土方さんと初めて会ったのは、2005年1月のこと。当時83歳の土方さんは、その前年、光人社(現・潮書房光人新社)から『海軍予備学生零戦空戦記』と題する本を出版したばかりだったが、たまたま私が同社から上梓していた零戦搭乗員の証言集『零戦最後の証言』を読み、この著者にぜひ会いたいと、共通の担当編集者である坂梨誠司氏を通じてコンタクトをとってくれたのだ。

1台の車に宿った人生の物語――元零戦搭乗員・土方大尉が愛した名車スカイライン
2005年、筆者と初めて会った日の土方さん。当時83歳(撮影/神立尚紀)

「私の人生を要約すれば、海軍での2年間に集約される。それほど重要で密度の濃い期間でした。それから後は、お釣りの人生だと思うんですよ」

 と、土方さんは言った。零戦搭乗員として戦った戦時中の体験から、学校教育の話、趣味のカメラやオーディオ、車の話まで、話題は尽きることがなく、それからもずっと、何人かの元零戦パイロットを交えたりしながら、毎月のように会って話す機会が続いた。

 実は私も、1989年、R32スカイラインが発売されてすぐに、赤いGTS(ツインカムの自然吸気エンジン搭載)を買い、6年ほど乗っていたことがある。私のつたない車遍歴のなかでも、20代後半をともにしたスカイラインはもっとも運転して楽しく、好きなクルマだった。偶然だが、クルマの好みが一致していたのだ。

 土方さんは、年に一度、茨城県阿見町の陸上自衛隊武器学校に講演に行ったり、ときどき戦中を舞台にしたドラマや映画の演技指導に通ったりもしていたが、そんなときは必ず私を伴って、帰りの運転を任せてくれるようにもなった。

 高齢運転手による悲惨な事故が相次いで報じられる昨今だが、土方さんは80歳を越えても運転がうまかった。常磐道を走る車中でのことだった。前を走る車に目を据えて、

「この距離で20ミリ(機銃)を撃てば必ず当たるんだよ」

 と言う。

「いつもそんなこと考えながら運転なさってるんですか? 怖いなあ」

 などと言いながら、楽しいドライブだった。

「でも、スピード違反で捕まったことはないんですか?」

「いや、戦闘機乗りは『見張り』が命。覆面パトカーに捕まるようならとっくにグラマン(F6F)に墜とされてるよ」

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