一時期は登録車の車種別ランキングで、1位を取り続けていたルーミー。コンパクト市場に投入され、近年これほどまでに売れまくったクルマは他にないだろう。2016年11月の発売から丸8年が経過した。ルーミーそして今は無きタンクが、日本のコンパクトカー市場に与えた影響を、振り返っていきたい。
文:佐々木 亘/画像:トヨタ
正直こんなに売れるとは思わなかった
8年前、トヨタの各チャネルに配備されたルーミーとトール。クルマを見ても、カタログを見ても、どうにも売れる予感はしなかった。トヨタディーラーでも、「またダイハツOEMが入ってきたよ」くらいに思いながら、トヨタセーフティセンスとスマートアシストIIの違いを、営業マンが頭に入れていたことだろう。
売り出し方は、少々イロモノ感が強かったルーミー・トール。キャッチコピーは「Living×Drivingという提案『1LD-CAR!』」である。小さなクルマに大きな車内という、どこかの自動車メーカーのスローガンのような謳い文句で、居心地の良さを前面に出した。
全長3,700~3,725mm、全幅1,670mm、全高1,735mmという、軽ハイトワゴンをそのまま登録車の大きさまで拡大しましたと言わんばかりのボディサイズで、室内長は2,180mmを誇る。室内高も1,355mmと子供が立って移動できる高さを確保した。
広さはなかなかだが、シートの作りは寂しいし、走り出せば直列3気筒1.0Lエンジンが、結構な音を立てて回りだすし、乗り心地も荒々しさが目立っている。おそらく、販売する営業スタッフも、試乗したクルマ好きも、「これならヤリスかアクア買うよね」と心の中で思っただろう。
それが業界通の意に反して、販売台数は大きく跳ね上がった。「コンパクトカーってこれで良いのか」と、筆者も不思議に思いながら、当時の自動車販売現場を中から眺めていたのを思い出す。
育ってきた環境が違うとクルマ選びも変わる
ルーミーを求めたのは、1990年代後半からのミニバンブーム期に、子供だった世代だ。ミニバンで育ってきた子供たちは、免許を取ったら自ずとミニバンを手にしたくなる。
しかし免許取りたての若者にとって、今のミニバンは高嶺の花だ。300万円以上するクルマは、ファーストカーで買えるものでは到底ない。クルマに出せるお金は200万円が良いところ。実際、いつの時代も初めて買ったクルマは150万円~200万円の間に収まったという人が多いと思う。
そこで小さなクルマに白羽の矢が立つわけだが、ミニバンで育ってきた世代が求める外せない条件に「スライドドア」が出てくるのだ。若年ユーザーのニーズは「200万円で買える小さなスライドドアのクルマ」ということに尽きる。
発売当初のルーミーは、中間グレードGの車両本体価格が168万4800円だった。最低限のオプションをつけても、なんとか200万円に収まるプライス。時代によって、若者に求められるクルマは大きく変わる。平成という時代が終わりを迎えるころ、求められるクルマ像にハマりやすかったのが、ルーミーということだったのだ。
コンパクトのままでいい! ランクアップしない今の乗り換え事情
クルマを趣味ではなく単なる移動手段と考える人が増え、特に若年層にはその傾向が強い。ルーミー・タンクが登場して8年が経過し、そろそろ乗換えの時期を迎えるのだが、ルーミーの乗換え先は、これまでの代替(だいがえ)事情と少し違うと現場の営業マンは話す。
「これまでは、(今までよりも)もっと大きな、もっと高いクルマへとランクアップしていくのが普通だったのですが、ルーミー・タンクを選んできたお客様の多くは、また同じで良いと言います。新車のルーミーくらいの値段で買える中古車を探してくれというオーダーも多くなりました。乗換えごとに少しずつクルマのランクが上がっていくというのは、もう過去の流れなのかもしれません。」
安くて使いやすくてスライドドア、これが今求められているコンパクトカーの正解なのだろう。質を高めてエクスペンシブになる必要は無く、現状維持が大切。ルーミー・タンクは、それをライバルのコンパクトカーに嫌というほど教える存在になった。
コンパクトカーとは何なのか、果てはクルマ選びとは何なのかを、ルーミーという存在を通じて考えさせられる。「良いものではなく、ちょうどいいものが、結果的に良いものとなる」そんなことを切々と説かれているような気もしてくるのだ。
クルマづくりから売り方・買い方・楽しみ方まで、ルーミーが業界全体に与えた衝撃は、計り知れない。この存在は向こう10年のクルマの在り方を決める、大きなものとなるだろう。
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