菅義偉総理大臣が強力に推し進めている、さまざまな行政サービスのデジタル化だが、運転免許証のデジタル化への道筋も具体的に見えてきた。
2020年9月16日、小此木八郎国家公安委員長は運転免許証のデジタル化について、2026年度にも免許証の情報をマイナンバーカードのICチップに登録して、運転免許証とマイナンバーカードとの一本化をスタートさせることを明らかにした。
運転免許証のデジタル化により、住所変更も自治体への申請で済み、警察に行かなくても免許証の住所も自動的に変更されるほか、免許証の更新手続きも居住地にかかわらず、どこでも行えるようになるなど、利便性が高まると期待される。
ここで改めて、運転免許証のデジタル化によって、ドライバーはどんなメリットが生まれるのか、モータージャーナリストの高根英幸氏が解説する。
文/高根英幸
写真/ベストカーweb編集部 Adobe Stock 国交省 警察庁 トビラ写真(Adobe Stock@Hachy Ocamy)
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運転免許証のデジタル化は我々ドライバーにとってメリットはあるのか?
菅義偉政権の目玉は、行政改革担当大臣という新ポストとデジタル庁の創設。デジタル庁は、各省それぞれが進めていた業務のデジタル化がなかなか進まないことから、専門部署を設けてデジタル化を推進させようというものだ。
我々ドライバーにとって関係がありそうなのは、先日ベストカーwebでも取り上げた車検のドライブスルー化(正確には更新手続きのドライブスルー化だが)と、運転免許証のデジタル化だろう。
閣僚の選出時に行なわれる記者会見でも、国家公安委員会の委員長に就任した小此木八郎国家公安委員長は、運転免許証のデジタル化について「総理から強い指示があった」と明言していた。
また先日も運転免許の交付を司る国家公安委員会の小此木八郎国家公安委員長と平井卓也デジタル改革担当相、河野太郎行政改革相が会談し、小此木国家公安委員長は年度内に運転免許証のデジタル化についての工程表を作成すると確認したと会談後の会見で述べている。
今年度(2020年4月~2021年3月)は導入完了までの工程を計画するだけなら、実際にデジタル化への作業に入るのは来年度(2021年4月~)からということになる。
そして2026年度をめどに導入する計画だというから、実際にデジタル化された免許証を手にするのはまだまだ先の話だ。しかし、これによって我々の生活がどう変わるのか、真面目に考えてみよう。
現在の免許証はすでにICカード化されている

2010年1月(平成22年1月)以降、全国で運転免許証はすでにICカード化されているのはご存じだろう。
改ざんによる偽造防止のため、超薄型のICチップが仕込まれており、更新時には読み取り装置に置いて、メモリ内に書き込まれている情報が正しいか確認しているハズだ。
デジタル化とは、このICカード内に書き込まれる情報が、個人の基本情報だけでなく、運転免許証全体の情報まで含まれるということ。そしてそれは現在の運転免許証という1枚のカードという存在の必要性を変えることになる。
現在の運転免許証のICチップは、偽造防止という程度の効果しかない。事実、運転免許証を持っていても、身分証明としての提示や交通違反での取締り時(もっとも筆者は8年ほどは無事故無違反なので、実際の現場は分からないのだが)にもICメモリ内の内容を確認することなどないからだ。
これがデジタル化によりどうなるか。現在、検討されているのはマイナンバーカードと運転免許証の一体化だ。
マイナンバーカードにも同様にICチップが組み込まれている。このなかに運転免許証の情報も書き込むことにより、運転免許証としての機能も持たせるというもの。
実際にはマイナンバーカードの表面にも運転免許証の情報が書き込まれることになるだろう。
そうでなければ、運転免許証とマイナンバーカードの両方を持ち歩く必要性は変わらず、我々にとっては何のメリットも見出せなくなる可能性があるからだ。

デジタル化によって利便性が高まることのメリットとは?
運転免許証の管理システムは現在、各都道府県の警察が個別に管理しており、これをクラウド化して全国の免許データを一元管理しようという計画もある。
こちらは2022年度には導入される予定で、これによりデータを管理するためのコストが削減される効果があり、我々ドライバーは免許更新時に出向く警察署や免許センターを選択する自由度が高まるというメリットは出てくる。
マイナンバーカードと一体化した場合、引っ越しなどで住所変更する際に、マイナンバーカードと免許証の両方をそれぞれ手続きする必要がなくなる。
これをメリットとして掲げているようだが、これはそもそもマイナンバーカードを必要としている層に対してのメリットであり、運転免許証が身分証明として利用できているドライバーにとっては、メリットとは言い難い。
我々にとって免許証がデジタル化して利便性が高まるのは、スマートフォンのアプリ化となった場合だろう。
ネットバンキングやバーコード決済など、現在も通信手段以外の用途が広がっているスマホはセキュリティの面で不安要素があるものの、運転免許証をスマホに組み込むのは金融系のサービスよりリスクは少なそうだ。
もっとも、データを吸い出されて他人が成りすますことで消費者金融などから借金するなど、悪用される可能性もない訳ではない。
それにスマホの運転免許証が画像データに過ぎなければ、偽造防止という点では実現が難しくなる。
免許証のデジタル化は交通違反検挙の効率化が狙い?
だが、運転免許証というのは身分証明証だけでなく、クルマの運転ができる資格を有していることを証明し、交通取締りに遭った際に提示する必要があるものだ。
そして交通違反として検挙されれば、違反切符を切られて、行政処分を受けることになる。この交通違反の取締りに関しても運転免許証のデジタル化が大きく関わってくることになりそうだ。
小此木国家公安委員長は、交通違反取締りのデジタル化についても「交通取締り業務のデジタル化は、交通反則切符の作成時間の短縮につながるなど、国民の負担軽減にもつながるものであり、引き続きこれを広げていくよう検討を進めている」と語っており、現在は東京都と栃木県でしか導入されていない交通違反取締りのデジタル化についても全国に普及するようにすることを明言している。
しかしこれは国民の負担軽減ではなく、警察の効率化ひいては現在の駐車違反検挙の民営化同様、反則金の徴収をスピーディにすることで、より多くの手続きをこなして納入額を増やそうという目的しか見えてこない。
事実、反則金の納付をスマホ決済でできるようにする、なんて話も浮上している。
交通違反の取締りが効率的にできる、ということが運転免許証デジタル化のメリットだとすれば、それは我々ドライバーにとってのメリットではないだろう。
マイナンバーカードの普及だけが目的?
そもそもマイナンバー自体、国民の管理を一元化することで効率を高めるとともに、所得や納税などの把握をしやすくするという行政側が目的の制度だ。
そうした管理体制に抵抗感を感じる(あるいはセキュリティ面で不安を感じる)グループや、メリットを感じず発行を申請する気にならないグループとの意識にズレがあり、積極的に発行する人は少なく、普及は進んでいない。
マイナンバーは国民一人一人に割り振られており、さまざまな申請に必要になっても、マイナンバーカードの必要性はないことも普及が進まない理由だろう(もっとも普及が進んでいないから、マイナンバーカードが必須ではないという悪循環に陥っているように見える)。
健康保険証とマイナンバーカードの一体化も決まっており、それに運転免許証も合体させようという今回の計画、どうやってもマイナンバーカードを普及させたいという政府の姿勢しか見えてこないのが残念だ。
行政側だけの利便性を考えてマイナンバーカードを作っても、ユーザー側にメリットは少なく、デメリット(発行手続きの煩わしさを含めて)が多ければ、一向に普及が進まないのは当然だろう。
マイナンバーカードの普及に意地になるのではなく、マイナンバーという制度自体の普及が進めばよしとする柔軟な考えに変化していくことが行政側に求められるのではないだろうか。
運転免許証のデジタル化に話を戻すと、運転免許証がスマホアプリとして使えるようになれば、免許の不携帯といった微罪は減ることになるだろう(ただしスマホを忘れたら同じだが)。
今後スマートキーもスマホに集約されることも予想される。しかしスマホが故障すれば、それらの機能は一気に停止してしまうから、これは諸刃の剣だ。
外出先でスマホを壊しても、クルマに乗って帰れるような緊急時の対策もこれからは開発事項に含まれることになりそうである。