おうち時間が増えたことで、家で映画を見ることが増えている。一昔前であれば近所でレンタルするところだが、最近は配信サービスを利用して、定額で手軽に映画鑑賞ができる。気に入った映画はブルーレイで手元に置くのもいい。
それこそ大昔の名画から先日封切られたばかりの最新の映画まで、選択肢は豊富にあるが、クルマ好きとしてはやはりクルマが大活躍する映画が見たい。
そこで映画ライターの渡辺麻紀さんに名作『ブリット』の見所を解説してもらった。
文/渡辺麻紀、写真/ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント、Ford
【画像ギャラリー】映画『ブリット』のスティーブ・マックィーンと、特別仕様車マスタング・ブリットを見る!!
■のちの映画のカーチェイスシーンに影響を与えた歴史的作品
スティーブ・マックィーンの主演作として人気の高い『ブリット』(68)は、映画史においても重要な意味をもっている。
今ではアクションものの定番のひとつ“カーチェイス”を、映画の最大の見どころに置いた初めての作品だからだ。もちろん、本作以前にもカーチェイスシーンや、車がクラッシュする等がある映画は多々あったが、何といっても本作にはカーチェイスシーンが8分以上もある。
念のために言っておくと、カーチェイスシーンだけを集めて8分ではなく、ひとつのカーチェイスが8分以上続くのだから凄いのだ。また、1968年製作なのでデジタルによるVFXはナシ。すべてホンモノで撮られている。
そのチェイスが繰り広げられる街は、坂道が多いことで知られるサンフランシスコ。映画はこの地形をフルに活用している。
車のなかに置かれたカメラと観客の目線を合わせることで、車の動きと一緒に私たちの視点も動き、しかも急な坂道の連続をフルスピードで飛ばすので、車酔いになってしまいそうなくらいの臨場感を味わえる。ハラハラドキドキがハンパない。
■セリフなし、音楽なし、カーチェイスだけでもたせる8分間の妙味
サンフランシスコ市警の刑事“ブリット”を演じるマックィーンの愛車はマスタング。彼が追いかける殺し屋二人組が乗る車はダッジチャージャー。どちらの車もチェイスシーン用に改造されている。
マスタングを運転しているのはマックイーン自身とバド・イーキンスというスタントマン。マックィーンとイーキンスには歴史があり、マックィーンがブレイクした記念すべき作品『大脱走』(63)のバイクシーン。
バイクでジャンプし、鉄条網を飛び越えるシーンのスタントをやった大ベテランだ。イーキンスはそのあとも彼のスタントダブルとして活躍し、マックィーンが亡くなったあと、そのバイク・コレクションを受け継いでいる。
一方、殺し屋のドライバーを演じているのは『フレンチコネクション』(71)でも壮絶テクニックを披露した名カースタントマン、ビル・ヒックマン。
ハリウッドの伝説的スター、交通事故で夭折したジェームズ・ディーンの親友だった人物だ。ディーンがポルシェスパイダーの追突事故で亡くなったとき、その体を車から運び出した人物だったと言われている。
ということは、本作のカーチェイスシーンは、ハリウッドを代表する大ベテランのスタントマンの協力を得て出来上がったということになる。もっというと、当初の舞台はロサンゼルスだったが、カーチェイスのことを考慮してサンフランシスコに変更したという説もあるほどで、やはりそれだけ力を入れていたのだ。
実際、そのカーチェイスシーンはメチャクチャかっこいい。チェイスに入るとき、敵のドライバーがおもむろにシートベルトを着けるのもいいし、さらに、この8分間はセリフも音楽も一切ナシ。
聴こえてくるのはエンジン音とスリップ音だけで、とことん車だけに集中できる。そして、そのチェイスの終わり方も、これまたかっこよくて、いまだにカーチェイスといえばこのシーンになってしまうのだ。
個人的には『ワイルドスピード』が束になってかかっても叶わない魅力が、ここにはあると思う。
■伝説は終わらない! 特別仕様車マスタング・ブリット登場!
本作の監督であるイギリス人のフィルムメーカー、ピーター・イェーツはマックィーンのチョイス。その起用理由は、彼が本作の前に監督した作品『大列車強盗団』(67)でロンドンの街を走り抜ける見事なカーチェイスシーンを演出し、それをマックィーンが気に入ったからだ。
ちなににイェーツは役者からレーシングドライバーになり、その後に映画の録音マン、助監督を経て監督になったというユニークな経歴の持ち主。カーアクションの演出が上手いのは、その経歴のせいなのかもしれない。
また、フォードのマスタングにとってもこの映画の存在は大きくて、『ブリット』公開50周年だった2018年、特別仕様の“マスタング・ブリット”を発売したほど。そもそもこの映画が公開されてからは、マックィーンが乗ったマスタングは“マスタング・ブリット”と呼ばれていた。
もうひとつ、車とは関係ないが、マックィーンの刑事ファッション。タートルネックのセーターに、エルボーパッチ付きのツイードのジャケット、ステンカラーコートにデザートブーツという、このコーディネートもかっこよくて、当時の刑事さんたちが大いに真似っこしたというエピソードも残っている。
さらにもうひとつ、オープニングデザインも、とんでもなくスタイリッシュでスマート。
ラロ・シフリンのクールなテーマ曲と相まって、これまた映画のオープニングを語るときには欠かせないと言えるほど有名。これが代表作のひとつになったパブロ・フェロもスタンリー・キューブリック等に愛された天才デザイナーだ。
こうやって書いてみると「クール」とか「かっこいい」という言葉ばかりが羅列されているが、実際そういう映画なんだから仕方ない。
唯一のマイナスポイントはストーリーの弱さ。通常はそれが致命的な欠点になるのだが、それさえもマックィーンのかっこよさやカーアクション、スタイリッシュな映像や音楽がちゃんとカバーしているのだがら、『ブリット』おそるべしなのだ。
観たことのない人は是非! と全力でおススメしたい。
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●解説
シカゴのギャング組織撲滅のため、証人保護を命じられたサンフランシスコ市警の刑事フランク・ブリット。だが、証人は何者かに襲われ瀕死の重傷を負ってしまう。
スティーブ・マックィーンのスピード狂っぷりが堪能できる刑事アクションの傑作。共演に『映画に愛をこめて アメリカの夜』(73)のジャックリーン・ビセット。監督は『ホット・ロック』(71)のピーター・イェーツ。彼の代表作となった。(1968年製作/114分/アメリカ映画)
●渡辺麻紀(わたなべまき)/映画ライター。SF雑誌の編集を経てフリーに。雑誌は『SFマガジン』『アニメージュ』等、WEBは『ぴあ』『TVブロス』等に執筆中。
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『ブリット』
日本語吹替音声追加収録版ブルーレイ ¥6,369(税込)/DVD ¥1,572(税込)
発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント
Bullitt (c)1968, Package Design & Supplementary Material Compilation (c)2008 Warner Bros.Entertainment Inc. Distributed by Warner Home Video. All Rights Reserved.