ドアを開けた時、隣のクルマにドアをぶつける心配もない便利なスライドドア。そんなスライドドアがますます増殖している。スライドドア好きは日本の文化なのか? あらためて考えてみよう!
※記事の内容は2017年4月のものです。
文:ベストカー編集部
初出:ベストカー2017年4月10日号
■スライドドアは意外と日本人の「ルーツ」なのかもしれない
考えてみると、洋式のドアが日本にやってくる前は、引き戸が日本伝統のドアだった。襖、障子、これらは江戸の生活を見てもわかるように日本の知恵が作り出したものだ。
どの辺が便利なのかというと、スライドさせる形式なので、ヒンジ式のドアのように手前、あるいは奥にスペースを設ける必要がない。つまり省スペース。
海外から見るとウサギ小屋とも揶揄される日本の家に最も適したドアの形なのだろう。
もともと引き戸の一つである襖が日本で誕生したのは平安時代といわれている。その頃の貴族の邸宅は寝殿造りが典型で、内部は丸柱が立ち並ぶだけの広間が基本。
そこを日常の生活や行事祭礼に応じて、屏風や障子を使うことで内部を仕切っていた。この時代に障子があることでこの頃が日本式スライドドアの起源といえる。
それ以前の時代には、障子はなく衝立や几帳、すだれなどで部屋を仕切っていた。
ここに出てくる襖はもともと寝る時に体にかける寝具の意味。原型は板状の衝立の両面に絹の織物を貼ったものと考えられている。なので着物の袷と同じように重ね合わせる形態になっている。スライドドアが、引き戸を重ね合わせるような形態になっているのはそんな原型があるからなのかもしれない。
12世紀~16世紀の鎌倉、室町時代になると襖、障子の仕切りは一般的になる(もちろん貴族階級の話ですが)。その構造は基本的にいまも変わっていない。
■ミニバンブームでスライドドアが一気に広まる
クルマのスライドドアが日本で最初に生まれたのは1966年。商業車のダットサンキャブライトが最初だった。日本の狭い道路でもドアが開けられ、荷物を出し入れできる。そんな利点で人気になった。以来、商業車を中心に広がり始める。
そして1980年代に入り日本にもミニバンブームが到来、リアにスライドドアを持った初代プレーリーが登場したのが1982年、以来ミニバンブームの盛り上がりとともにスライドドア搭載車がどんどん増えていったのはご存じのとおり。
ちなみにミニバンの発祥地アメリカの元祖ミニバンといわれるダッジグランドキャラバンもスライドドア搭載車だった。
初期のスライドドアは左側のみ、もちろん手動。なかには「よっこらっしょ」と力を入れないときちんと閉まらないものもあった。それが電動式になり、両面スライドドアになる。
いまではミニバンのみだけでなく、シエンタのようなコンパクトモデルにも採用され、ポルテのように左側はスライドドアしか持たないというクルマも登場しているし、タントのように、センターピラーをなくして、広い開口部を売りにしているモデルもある。
この辺のユーザーに対するきめ細やかなもの作りは、日本ならではのもの作りといえるだろう。
現行国産車のなかでは177車種中、実に38車種がスライドドアモデルというから、日本での人気の高さが分かる。
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