クルマのスペース効率を考えた場合、(全長と全幅が規定されている軽自動車は特に)タテに伸ばすのはなかなかいい方法。なので今では背の高いのっぽグルマが数々登場している。しかし歴史を見ると、始まりはどうも登録車らしい。いきなり背の高いモデルが登場したわけではなく、伸ばしすぎて批判されたり、それでもジリジリ伸ばしたりと、紆余曲折があったようだ。
本企画ではそんな「のっぽのクルマ」の歴史を改めてたどってみたい。
便利なのはわかるけど、見た目や操縦安定性はイマイチな背の高いクルマ。それはどうやって市場に受け入れられてきたのか??
※本記事は2017年2月時点のものです。
文・写真:ベストカー編集部
初出:ベストカー2017年2月26日号
■“のっぽグルマ”のルーツは1975年のアメリカ
走りを極めれば低重心、ワイドトレッドとなるクルマ。そのひとつの究極はスーパーカー。しかしながらスーパーカーは決して快適とは言えない。ルーフが低くて狭い。視界だってかぎられている。居住性の快適度でいえばアル/ヴェルの足元にも及ばないはず。その決定的な違いのひとつは車高の差だ。ちなみにランボルギーニウラカンとアルファードの全高を比較してみると、その差はなんと735mmもあった。
車高の高いミニバンは、もともと多人数乗車や荷物を運ぶことを目的としたクルマ、要するにバスと同じだ。トラックも車高が高いけど、こちらは荷物を積むことを優先したクルマ。バスもトラックも昔から車高が高い。
じゃあ乗用車はどうかというと、今でこそウェイクのように背高のっぽのクルマはいろいろ登場しているが、もとをただせばその元祖のひとつとなったのが、1975年、アメリカで誕生したAMCペーサー。全高1320mm。数字自体は大したことないものの、ボンネットの位置が低くグラスエリアが圧倒的に大きく、現代のウェイクを彷彿させるフォルム。当時アメリカでは女性を中心に爆発的に人気になったクルマだった。金魚鉢というニックネームも持っていた。
乗ってみるとどうかというと、頭上空間が広がっていることと視界が開けていることで圧倒的な開放感を得ることができた。
この時以来、頭上空間を広げることが快適性につながることがわかり、自動車メーカー各社はいろいろなクルマを送り出してきた。国産初の背高ノッポグルマは1981年登場の初代シティ。
そして続いたのはトヨタのスプリンターカリブと日産プレーリー。いずれもグラスエリアが大きい背高のっぽスタイルだ。それ以降、現在のウェイクに続くまでさまざまな背高のっぽグルマが誕生した。
いっぽう、背高のっぽグルマは海外でも人気で、ここで紹介しているように各メーカーからいろんなクルマが登場している。面白いのは背高のっぽグルマは、日本のように国土の小さい国のほうが積極的に開発しているんじゃないかと思わせる状況。国土の広いアメリカはペーサー以降、背高のっぽグルマは登場していないし(ミニバンは別)、伝統と格式を重んじる英国にも背高のっぽグルマはロンドンタクシー以外ないはず。背高のっぽグルマに積極的なのはイタリア、フランスなどだ。
いずれにしても『かぎられた空間をいかにうまく使うか』に長けた国民性が、背高のっぽグルマを進化させてきたというわけか。ということで、読者のみなさま、背高のっぽグルマはこれからもどんどん登場してきます。次の買い替え時にはぜひご一考を! のっぽグルマは中が広くて気持ちいいですよ〜。
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