■現場から遠く離れた場所でシートが決められる
笹原に話を戻すと、不調が解消されSF19本来のポテンシャルを実感した時、すでに’20年シーズンは最終盤に入っていた。
といっても開幕からたった3ヶ月。しかもテストもロクに行われない昨今の事情では、セットアップを詰める時間などなかったに等しい。
12月初旬、第5、6戦併催となった鈴鹿の第6戦予選で、笹原はようやく速さを発揮し初めてQ3に進出。3番手タイムをマークしたが、前日の第5戦決勝でのクラッシュで壊れたエンジン交換による10グリッド降格。
加えてスタート時のエンジンストールで最後尾に後退。諦めない走りで順位を上げたが結果は11位だった。その2週間後、真冬の富士で開催された最終戦は予選5位決勝7位と、強豪ぞろいのSFでルーキーとしてはそう悪くない結果だったが、笹原に’21年SFレギュラーシートの話は回ってこなかった。
SFでどのドライバーがどのチームのマシンに乗るかの決定には、エンジンを供給している二大メーカーの意向が大きく関与している。
そのこと自体は不思議でも不自然でもないが、気になるのはシートの振り分けにおいて強い発言力をもつ人物が、国内外のモータースポーツ業界や事情にどれだけ精通しているのかという点だ。
トヨタではレース用エンジンの開発などに関わった技術畑出身の人物がモータースポーツ活動を統括するポジションに就くのが慣例になってきたが、ホンダの場合、技術ともモータースポーツとも直接縁の無い営業や広報畑出身の人物がモータースポーツ部のトップに就任することがどうやら伝統になっている。
この春、ホンダのMS部長となった長井昌也氏も鈴鹿で開かれた記者会見の席上、自らこれまでモータースポーツとはほとんど縁がなかったことをふまえ、「皆さんにもご教示いただきたい」と謙虚に頭を下げていた。
■現場の雰囲気を把握し、若い芽を伸ばす運営を
もちろん、モータースポーツに詳しくないとMS部長が務まらないわけではない。ホンダ・レーシング・ディベロップメント(HRD)社長として第3期ホンダF1活動の初期を率いた田中詔一氏は、海外の営業畑を一貫して歩んできた方だった。
魑魅魍魎が蠢くF1界で、海千山千のクレイグ・ポラックやデビッド・リチャーズ、バーニー・エクレストンらを相手にチーム運営の手腕を発揮。
ただ自分が知らないレースそのものに関することは有名・無名を問わず現場の人たちの声を広くよく聞くことで現実を把握し、正しい判断を下すよう心がけることに徹していた、と当時をよく知るホンダ関係者は言う。
笹原がSFホンダ勢のレギュラーシートから外れることになった理由はいろいろあったと思う。
だがその判断を下す際、筆者がそうだったように、表面的な情報をベースにせっかちに事が運ばれたのではなかったか。どんな職業でも経験が浅い時期はミスをする。だが同じミスを繰り返さないことが大切なのであって、一度や二度のミスで評価を下しふるい落としていては、育つ者も育たない。
同じミスを何度も繰り返す人材に遠慮はいらないが、チャンスに応えた人材には、その結果にいたるプロセスをよく観察したうえで、より成長させるための場を提供することもメーカー主導の『ドライバー育成』に必要ではなかろうか。
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