■約30年間眠っていたイセッタにめぐりあいました
さて、マイクロリーノのモチーフとなった、イセッタに実際に会いにいった顛末記をお伝えしよう。
愛くるしい姿のバブルカー「イセッタ」はイタリアのイソ社が1952 年に発表し、1953年のトリノ・ショーから発売を開始。1953年から1955年まで生産され、後にBMWがライセンスを取得し、1955年にBMWイセッタが誕生した。今回「BMWイセッタ300」を見せてくださったのは、東京・町田市在住の岸本明彦さん、所有してから9年目を迎える。
岸本明彦さんは、元本田技研工業で経理・管理部門を担当。最初にイセッタを見たのは模型店だった。
「私が最初にイセッタのことを知ったのは38歳の時です。模型店でグンゼ産業が発売していたイセッタ1模型(1/24)を見つけて購入したのがきっかけでした。
『なんだろう、見たことのないクルマだ……』と惹かれて購入しプラモデルを完成させました」
それから20年後、岸本さんはオートバイのツーリングで立ち寄った『道の駅』で初めてリアルなイセッタを発見する。ブルーのイセッタを見つけた岸本さんはイセッタに近寄りそ~っと中を覗き込んだ。
「所有者が戻ったら話を聞こう!」と待っていたが、所有者はなかなか戻らず、自分たちのツーリングが出発になってしまい話は聞けなかった。
話は聞けなかったけど、このとき、岸本さんのなかに「イセッタがほしい……」という気持ちが芽生えた。
「定年退職を考える年齢になり、人生の先輩たちから“毎日が日曜日になるから退屈しない趣味を持ったほうが有意義に過ごせるぞ“と言われて、私はバイクが好きだし、イセッタのエンジンなら扱えるのではと思って国内にあるであろうイセッタを探しました。周囲のクルマ関係者に声をかけていたら時間をかけずに見つかって、これは本当に幸運でした。当時の所有者のところにお邪魔して写真を撮らせてもらい、検討を重ねた結果、引き継がせていただきました」
岸本さんのところにやってきた「BMWイセッタ300」は、元所有者の別荘のガレージのなかで長い間眠っていたようで、「車内に残されていたガソリンスタンドのレシートは30年前のものでした」
■「イセッタなら自分ひとりでメンテナンスできる!」が決め手でした
イセッタ購入の決め手になったのは、岸本さんが「素人でもひとりで最初から最後までメンテナンスできると思えた」からだ。1959年製の「BMWイセッタ300」は、岸本さんの手により丁寧にレストアされ、所有してから約4年後に最初の車検を通した。
「引き継いだのが2013年。初めての車検は2017年の2月でした。定年退職後は毎日が日曜日で時間ができたので、じっくり取り組むことができました。日中は記録写真を撮りながら1つ1つの部品をバラし、夜はネットで必要な部品を検索して過ごしました。
ネットのおかげで海外からも簡単に購入できるイセッタの部品はほかの輸入車に比べるとそこまで高額でなく、数も出ていたので苦労なく揃えることができました。今でもリプロや中古が多いものの、1台分の部品を揃えることができます」
ひとりで取り組めて部品も手に入るという有利な点もあったが、岸本さんがレストアを始める時に、「この部分はハードルが高いな……」と感じたことが2つあった。
1つはリアルなイセッタ所有者が自分の周りにいなかったこと、2つ目は、部品は揃うけどイセッタの専用工具がないことだった。
「目をこらして写真を何十枚見ても、本物のイセッタの部品を見ないと埒があきませんでした。例えばクランクシャフトを分解したいと思っても専用工具の代用品になるものがなく自作しました。
ホームセンターに行って水道管や鉄板を買ってまさに試行錯誤です。その時参考にしたのはBMWのサービスマニュアルに掲載されていたイセッタの専用工具の写真で、『文章だけでなく、よくぞ写真も掲載してくれた!』と思いました。
そしてもう一冊、海外通販で購入したイセッタのレストアに関する指南書、「Isetta Restoration」(Jone Jensen著/2010)は大いに役立ちました」
レストア作業でもっとも大切なことは焦らないこと、諦めないこと、「これに尽きます」という岸本さん。専用工具だけでなく入手不能なパーツも自作し、『BMW イセッタ300』はゆっくりと息を吹き返した。
「もともと小さいクルマが好きで、イセッタの前にミニのピックアップトラックにしようかと考えたこともありましたが、ひとりでは難しい。時間はかかりましたがイセッタが動き出した時、『ひとりでメンテナンスできるクルマ』を選んだからこそ、ここまで仕上げられたのだと思いました」
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