日本初のスペシャルティカーとして1970年に登場し、大ヒットとなった、トヨタ「初代セリカ」。以降セリカは、常に時代を先取りするスタイリングや先進的な装備で、あらゆる世代を魅了した。特に1990年代はトヨタがWRCをセリカで闘っていたこともあり、モータースポーツファンの記憶に強く刻まれていることだろう。
現在は生産終了でラインアップから姿を消したセリカ。特に印象深かった5代目、6代目の魅力を解説していく。
文:立花義人、エムスリープロダクション
写真:TOYOTA、ベストカー編集部
トレンドを創造した5代目セリカ
5代目セリカは1989年9月に登場。先代モデルで、FRシャシーを捨てFFベースに移行していたセリカ。空力性能に優れる先代の機能性を継承しつつも、曲線基調の躍動的で生命感あふれるデザインを与えられた5代目セリカのエクステリアは、機能重視のストイックなスポーツカーではなく、スペシャルティカーであることをはっきりと表現していた。
メカニズム面での最大の特長は、トヨタ初の4輪操舵システム(デュアルモード4WS)の採用と、すべて2.0Lのパワーユニットだ。特に最もパワフルなGT-FOUR(4WDモデル)の3S-GTEエンジンは、225psまで出力を向上させていた。
この5代目セリカでグループAを闘うようになったのは1992年のことだ。J・カンクネンをエースドライバーとして迎えた翌1993年、ST185型セリカは、13戦中7勝という圧倒的な強さを見せ、トヨタ初のWRCコンストラクターズ(メイクス)とドライバーの両方のタイトルを掌中に収めた。この時のカストロールカラーが強く印象に残っている方は多いだろう。
WRC最後のセリカとなった6代目
6代目セリカは1993年10月に登場。新開発のプラットフォームによってスポーツ性を一層高めたモデルとなった。ボディは全車3ナンバーサイズ、リトラクタブルヘッドライトを廃止し、丸形異型4灯ヘッドライトというダイナミックなデザインに生まれ変わった。ちなみにこの新プラットフォームは、同時にモデルチェンジされた「カリーナED」「コロナEXiV」にも採用されている。
メカニズム面では、2種類の出力を持つ2.0L DOHC16バルブエンジン(140psと180ps)に加え、最上級グレードには新開発のスーパーストラットサスペンションが搭載され、切れ味鋭いハンドリングが高く評価された。
1994年2月にはGT-FOURが登場。3S-GTEは水冷式インタークーラーの採用などで、最高出力は255psに向上している。さらにWRC仕様として2,100台の国内限定モデルが販売されたが、こちらは大型のリアスポイラー、ボンネットフードエアスクープ、アンチラグシステム、インタークーラーウォータースプレーなど本格的な装備満載での登場となった。
しかし、この6代目セリカのワークスマシンであるST205は、大きくなったボディサイズと、スーパーストラットサスペンションのセッティングに苦しみ、なかなか好成績を上げることができなかった。
そこへきて、ラリーカタルニアではリストリクター(エンジンへの吸気量を制限する機構)に違反があることが発覚。トヨタはその年のすべてのポイントを剥奪されるとともに、1年間の出場停止という重い罰が下されてしまった。
とはいえ、生産台数規定という厳しいルールに基づくグループAへのエントリーが少なくなっていたタイミングでもあったため、トヨタは、新規定のWRカーでWRCを闘うことを決断。このST205が、WRCに参戦した最後のセリカとなった(とはいえ、その後カローラのWRカーにはセリカのターボエンジンが搭載されたため、心臓部は生かされた)。
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