■いまや日常に溶け込みつつある『AI』が予測機能で活躍
こうして各センサーで認知した情報を元にシステムは「予測」段階に入る。ここで活躍するのはAIを用いた解析技術だ。
ただAIといっても様々で、単にサプライヤー企業が提供する先進安全技術用のアルゴリズムを購入し、そのまま実車のシステムに組み込んでも役に立たない。
ざっくり説明すると目的関数といって、人が注意すべき項目を入力(指示)することでAIは初めて“使える技術”として育つ。手を掛けなければ最大限の効果を発揮しないのがAIの現在地だ。
このようにクルマの安全性能を高める上で活用される予測ベースは、車載のセンサーが認知した情報であることがわかったが、じつはそれだけでは正確な予測ができない。予測精度を上げるには人の振る舞い(Behavior)を考察することが重要になる。
たとえば道路脇に歩行者がいたとする。その歩行者が急に立ち止まり、車道側へと顔向きと、身体の向きを変えた。
このとき、自車のシステム(ここではカメラ+ミリ波を想定)は、光学式カメラセンサーで人を発見し、それが歩行者であることを認識。同時にミリ波レーダーでは距離データを算出。このカメラと電波による歩行者情報がシステムへと入力される。
しかし、それら入力データから、歩行者が自車の進路上にいないとわかるとシステムは警報やブレーキ制御は行なわない。歩行者が次の行動を取るまでは、自車(システム)にとって危険性が高まるのか、それとも無視できるのか、システムは正しい判断を下せないからだ。
言い換えれば、人がいるという情報のままスタンバイする“指示待ちくん”状態に陥る。
この状況でドライバーはどう考察するだろうか。システムと同じく歩行者を眼で見て認識する。ここまでは同じだ。
システムとの違いは、歩行者が急に立ち止まったこと、身体の向きを変えたことの意味を脳で考え、経験則に基づき、次に歩行者がとる行動を予測することにある。危険予知とも呼ばれるこの領域は、一般的にベテランドライバーほど優れる。
具体的にはこうだ。歩行者が後ろから迫り来るクルマ、つまり自車を認識して立ち止まり顔向きを変えたのか、それとも道路の反対側へと渡ろうと急に思い立ったのか、ドライバーは歩行者の顔向きや視線、身体の向き変え速度やくるぶしの向き、さらには道路反対側の様子を伺いながら、それらを勘案して予測し、アクセルを緩めたり、ブレーキ操作を行なったりする。
人は、こうした“かもしれない運転”によって安全な運転環境を呼び寄せているわけだ。
四大要素である「予測」とは、例に挙げたドライバーが歩行者の動きを予測して運転操作を行なったように、システムが自律的に予測して危険な状況に近づかないようにするために不可欠な段階である。
システムが人の振る舞いを考察できるようになると予測精度が向上し、次の段階である判断→操作へと素早く確実に移行できるため、現実の世界では事故回避できる確率が高まり、また対応できるシーンも劇的に増えていく。
■現代の生活には欠かせない各種通信技術もフル活用
さらに、予測は見るだけではない。眼に見えない通信技術も活用する。この場合、電波で知り得た外界情報を断層的な「レイヤー構造」にして、眼で見える世界の上に、電波が織りなす網の世界を重ねることでシステムは多面的に自車周囲の情報を捉えて理解する。
たとえば歩行者と電波を紐付けるには、スマートフォンが発信するBluetooth(2.4GHz)の活用が手軽だ。高速・低遅延の5G回線を使えばタイムラグなく通信できる。また、この先、設置が増えていく信号機のカメラ情報から、歩行者の存在を通信で車載システムへと送信する方法もある。
こうした概念は1980年代から「次世代通信網構想」として政府が唱えていた。目の不自由な方が使う白杖に小さな発信機(現代のBluetoothに相当)を詰め込むといったアイデアは、当時大きく採り上げられた。
「2050年、全世界でホンダの二輪・四輪が関与する交通事故死者ゼロ」を目指すとしたホンダ。
実現にはこれまで継続してきたシステムの高度化作業に加えて、人の行動心理を深掘りし、脳が予測に至るまでのプロセスを細かく解析、そしてその結果を目的関数としてAIに読み込ませ学習させ予測段階を確実なものにしていくことが求められる。
ところでこの10年ほどだろうか、「歩きスマホは禁止です」といった標語を掲げ、国や全国の自治体、そして公共交通機関各社などが注意を促している。人混みではトラブルの原因にもなっているし、確かに危険。
ただし、「ダメだ、危ない、禁止だぞ!」と声高にするだけでは抑制に無理がある。一度味わった利便性は手放せないからだ。
「歩きスマホをしている人の画面に、クルマが接近し接触の可能性が高まったことを報知し、同時にバイブレーションや音も出して注意喚起を強めます」。これはホンダが研究開発を行なっている「V2PとADAS技術との連携」の一技術だ(VはVehicle/車両で、PはPerson/人)。
この手法は歩行者へ迫り来る危険を知らせるHMI(Human Machine Interface(Interaction)/人の機械の接点)として注目されている。ダメといっても減らない歩きスマホなら、いっその事、手にしたスマートフォンをHMIとして活用するのはどうか……。じつにホンダらしい発想の転換だ。
こうした「北風と太陽」にも似た柔軟な技術開発があってこそ、人に寄り添う先進安全技術の活用方法が生まれ、そこに高度な車両制御技術が融合していくことで交通事故死者ゼロ社会へと向かっていくのではないか……、筆者は、そんな思いを抱いています。
【画像ギャラリー】歩行者の行動を先読みする……それってつまりニュータイプ!? 最先端技術でクルマの革新が訪れる!!(15枚)画像ギャラリー
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