■EV参入の手法はさまざま
中国ではその市場規模もあるが、BYDや吉利(ジーリー)など世界的に展開するメーカーから、ひっそりと中国国内のみで展開するメーカーまで実に多数の自動車メーカーが存在する。しかし、そのなかのかなりの数のメーカーが自社で開発及び研究機関を持たない。
ある年の上海モーターショー会場に一風変わったブースが存在した。完成車が1台展示されているのだが、車名プレートはおろか、車体にも車名バッジやステッカーも存在しない。
実はこのブースは、自動車の研究開発を請け負う中国の会社のブースであり、研究開発部門を持たない完成車メーカーは、このような会社で見た目などを自社風にアレンジしてもらい、その設計データを購入して自社にて生産(委託生産もあるかも)のみを行っているのである。
自社で研究開発部門を持たないので、結果的に車両価格が「ずいぶん安いなあ」レベルになっていたりもする。
この上海モーターショーで見かけたときは、数年前とはいえまだまだ世界的にここまでセロエミッション車が注目されていたわけでなく、展示してあった車両も内燃機関車だったのだが、BEVなどゼロエミッション車となってもこのような動きがあるのは容易に察しがつく。
タイ政府は2030年に国内製造される自動車の30%をゼロエミッション車とするだけでなく、国内でのゼロエミッション車普及も進めようとしている。
その第一段階として、海外からの積極的な輸入により初期段階の普及をはかるため関税や物品税の引き下げなどを行い、第二段階としてタイ国内で生産したゼロエミッション車の国内販売を優先。そして第三段階としてタイ生産モデルの本格的な輸出を進めるとしている。
国内普及については補助金などを導入し、内燃機関車所有者のスムーズなゼロエミッション車への移行も進めるとしている。そしてすでにタイ政府は2022年から23年にかけての具体的な補助金政策や物品税の引き下げを発表している。
しかし、タイ政府は単にゼロエミッション車の普及だけではない計画を進めている。タイは、内燃機関車の生産についても“アジアのデトロイト”と呼ばれるほど自動車産業が盛んだが、自国の量販ブランドは持っていない。
世界のメジャーメーカーが工場を構えて現地生産を行い、ASEAN域内またはその他地域に出荷している。タイはこの流れをゼロエミッション車について、いち早く体制を確立し、国単位での“自動車版EMS(電子機器受託製造サービス)化”を進めようとしているのである。
例えば、世界的にも日本メーカーはゼロエミッション車への取り組みへの遅れが目立っている。その影響で国内でのゼロミッション車のラインナップが少ないこともあり、日本国内でのゼロエミッション車普及もかなり遅れている。
その点国家単位でゼロエミッション車の製造拠点になろうとしているタイは、ゼロエミッション車に関するエンジニアも積極的に増やし、サプライチェーンもタイ国内での完結をめざすとしている。
そのため環境は日本より整っており、日本へのゼロエミッション車の製造及び出荷拠点になるのではないかと個人的には考えている。
ちなみに、日本国内でもゼロエミッション車の製造請負を進めようとしている企業があるとのことである。
■日本政府と企業の温度差
世界的に出遅れている日本メーカーのゼロエミッション車への取り組み。諸外国が官民一体でまさに取り組んでいるのに対し、民間丸投げにも見えるいまの日本では、“金(開発予算)”、“人(エンジニア)”、“時間”も限られた状況となっている。
前述した中国の例のように、外部エンジニアリング会社から、設計データごと購入し、生産だけ行うといった話もリアルストーリーになりかねない。
日本車だけの話ではない。世界的にはゼロエミッション車のラインナップの目立つ欧州ブランドだが、その多くはメルセデスベンツなど上級ブランドとなっている。
いわゆる“大衆ブランド”では、ゼロエミッション車の存在は上級ブランドほどにはなっていない。つまり大衆ブランドに限ってみれば、日本メーカーの出遅れは多少縮まっているといってもいいだろう。
多くの国では2030年代に本格的なゼロエミッション車の普及をめざしている。ただし、グループ内でメカニカルコンポーネントを共用したとしても、車両価格を内燃機関車なみにするのは至難の
スピードを考えれば、グループの垣根を越えた共用化や委託企業から設計データを購入するなどするケースが増えそうにも見える。
となれば、アライアンスグループを越えて「どこかで見たような」といったゼロエミッションモデルが街にあふれることにもなりそうだ。海外への委託生産が増えれば自国の自動車産業空洞化が顕著となる国も出かねない。
かつて「自動車の白物家電化」といわれたことがある。この時は、自動車が洗濯機や冷蔵庫なみに、画一的で面白味に欠けるものとなったことを表現したものだが、別の意味でいま自動車の白物家電化が進もうとしている。
街なかの家電量販店へ行けば、高機能で高価格な洗濯機や冷蔵庫は各国内家電メーカーが開発(あわよくば日本製)したものとなるが、一般的な普及価格帯の製品は、海外製造はもとより、各家電メーカーの基準をクリアしたブランドを持たない海外メーカーが用意する製品を委託生産しているケースも多いと聞く。
先日、某所で利用したコインランドリーに置かれた、洗濯乾燥機は日本の家電メーカーの白物家電部門をルーツにしているものの、中国大手家電メーカー系の“アクア”ブランドのものであった。
あるテレビドラマでは室内インテリアのひとつとして卓上ワインセラーが置かれていたが、中国ブランドの家電メーカーのものであった。いまや、テレビドラマでもなんの抵抗もなく日系家電メーカー以外の製品が使われている。こんなことが、近未来の自動車でも起こりかねないと筆者は考えている。
ゼロエミッション車でも、価格転嫁のしやすい高価格上級ブランド車は自社開発となるが、一般大衆向けブランドなどについては、OEMをはじめとしたさまざまな外部委託が当たり前になるのではないかとの話もある。
自動車産業が百年に一度の変革期にあるとされているが、これは化石燃料から電気や水素などに代わるだけではなく、産業構造自体も多く変えてしまい、いまの自動車産業の勢力図を大きく変えようとする可能性もはらんでいるのである。
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