■沈む日本市場の立ち位置
ところが、物事には裏と表があるもので、損をする人がいる一方、トクをする人もいる。円安の恩恵を受けるのは海外にモノを売る輸出セクター。同じ3万ドルのクルマを売ったとして、円安になれば入ってくる日本円の額が増える。
日本円で固定されている国内の人件費はドル換算すれば安くなり、世界市場での競争力は自動的に強くなる。業界トップのトヨタの場合、想定レートよりわずか1円の円安でも約400億円の増益要因になるという。
ならば万事丸く収まってめでたしめでたしなのだが、現実はそう甘くもない。円安でホクホクなはずの日本の自動車メーカーにとって頭の痛い問題が浮上する。ホームグラウンドである日本市場をどうするか、である。
■クルマの値上げ待ったなし!?
円安は自動車メーカーにとっては追い風だが、マイナス面がないわけではない。それは半導体不足に加えて、輸入に頼る原材料や輸入部品の価格が上がってしまうことだ。日本で生産したクルマをグローバル市場に輸出する場合、原材料や輸入部品の価格上昇分をカバーしてあまりあるくらい円換算での販売価格が上がるので問題はないが、日本ではそうはいかない。値上げをしなければコストアップ分を自動車メーカーがすべてかぶることになってしまう。
ほかの業界では食品、化学、エネルギーなど多くの分野ですでにコストアップ分を商品の価格に転嫁する、いわゆる「値上げラッシュ」の花盛り。日本はデフレに悩まされ続けてきたこともあり、価格の引き上げには正義があるという意見が多数派を占めている。
クルマもほかの製品と同じで、本来なら日本での販売価格を引き上げるべきだろう。実際、輸入車は円安・ドル高、円安・ユーロ高と原材料高騰のダブルパンチで車両価格の値上げが相次いでいる。
極端な例としては、世界一の資産家で、米SNS大手のツイッター買収に乗り出したことでも話題を集めているイーロン・マスク氏がCEOを務めるテスラでは、1年前に比べてグレードによっては実に100万円以上に及ぶ大幅値上げを実施している。
■値上げすると他社に客足を奪われるかも
では、日本車メーカーはどうか。実はフルモデルチェンジや新機種の導入を機に、安全や環境、コネクトサービスなどの新機能の追加やクルマ本体の車格アップなどに伴い、価格の引き上げを試みてきた。
だが、大手自動車メーカーの営業担当によれば「一部の輸入車のような強固なブランド力があり、少ない台数を売るのであればいいが、大量販売が前提の日本車はそう簡単に値段を上げられない」という。
しかも相変わらず「値引き商法」が定着している日本市場では「先陣を切って値上げすれば、ライバルに顧客を奪われてしまう恐れもあり、現時点では世界情勢が安定して原材料価格が落ち着いてくれるのを期待して耐えるしかない」のが本音のようだ。
■今は日本国内の日本車が安いという事実
ただ、クルマの値段が高くなったと言われているが、国産車の国内価格は海外価格に比べて著しく安い。例えば、トヨタのカローラスポーツハイブリッド、17インチホイール仕様の国内価格は284万円(税込み)だが、インフレが加速する欧州市場で同等仕様のものを買おうとすると消費税率を日本に合わせて計算しても400万円近くにも跳ね上がる。
カローラと同じコンパクトクラスはVWゴルフだが、プジョー308にしても、その価格でも特別高い車種ではなく、むしろ価格競争力があるグレードに属する。
欧州向けカローラは欧州で現地生産しているので為替変動の直接的な影響は小さいが、問題は日本でクルマを生産するケース。円安下では日本で安い値段で販売するより海外に輸出したほうが円換算の海外売上高が増えて利益を押し上げる。
多くのメーカーが半導体不足などで生産台数を落としており、クルマの納期が1年以上に及ぶケースも珍しくないが、各メーカーの生産実績をみると輸出台数は日本での生産台数に比べて落ち幅が小さい。国内の顧客を待たせてでも輸出に回したいというメーカーの賢い戦略もわからなくもない。
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