世の中には「珍車」と呼ばれるクルマがある。名車と呼ばれてもおかしくない強烈な個性を持っていたものの、あまりにも個性がブッ飛びすぎていたがゆえに、「珍」に分類されることになったクルマだ。
そんなクルマたちを温故知新してみようじゃないか。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る尽くす当連載。今回は、過去にルノーが販売したカーマニアもびっくりの珍車たちをまとめて3台ご紹介する。
文/清水草一
写真/ルノージャポン
■日本で愛される変態モデルを多く生み出すルノー
日本におけるルノーと言えば、カングー、そしてメガーヌR.S.に代表されるとんがったスポーツモデルが2大勢力だ。どちらも日本のファンに長く愛され、一種のブランドになっている。
が、ルノーには、もうひとつの「顔」がある。それは、超不人気の変態モデルたちである。正確に記すと、「一般的には超不人気ながら、変態的すぎて、ごくごく一部の変態に深く愛されたモデル」が存在した。それらの中から3台を選出させていただきました!
■超ブッ飛んだ奇襲攻撃的高級モデル 『ルノー アヴァンタイム』
アヴァンタイムの変態ぶりは、もはや伝説となっている。なにしろ、ミニバンみたいなカッコなのに、2ドアハードトップクーペなのだから!
見た目は、SF映画の中に登場する未来のクルマそのもの。空を飛んで当然というたたずまいだ。フロント部は、ボンネットとフロントウィンドウの傾斜角がほとんど一直線。つまりランボルギーニ・カウンタックである。見切りは絶望的だ。
さらにステキなのはリアで、ほぼ直立したリアウインドウの後部に、ちょこんとトランク部(?)がついている。この出っ張った部分がトランクなのかな? と思いきや、直立したガラス部ごとガバッと開くリアゲートになっている。よって、後席(注/3列目はないので2列目です)を前に倒せば、大きな荷物も積み込める。まぁ全長4660mmもあるので当たり前ですが。
ドアは前述のように2枚。これが長くて重い。あまりにも長くて重くて開閉が大変なので、ルノーは変態的な工夫をしてくれた。複雑なヒンジ構造を採用して、ドアを開くと、ドア前部も外側に出るのだ。しかしそれで「わぁ、便利!」という歓声は上がらない。
やっぱりドアが長いので開閉には気を使うし、クーペなので前席を前に倒さないと後席の乗り降りはできない。しかも全長の長さからは考えられないほど、後席の足元は狭かった。なんじゃこりゃ……。
エンジンは2.9L V6。ミッションは5速AT。重いボディをごく普通に走らせるのみである。長大なハードトップボディゆえ、ボディ剛性はあまり高いとは言えず、操縦性はクーペよりミニバンに近かった。
アヴァンタイムには「カブリオレ」としての顔もあった。前席天井中央部に設けられた「オープンエア」スイッチを押すと、ダブルサンルーフの前側の大きなスライドガラスとサイドウィンドウが、全部ガバッと開くのだ。サイドウィンドウが全開になると、ピラーがないだけにものすごい開放感!
ただ、これを実行すると、車内はすさまじい暴風に見舞われる。通常のカブリオレをはるかに超える暴風だ。ボディ後部はオープンにならず、風が抜けないので、60km/hも出すと風が車内で竜巻と化し、すべての物を車外に放出しようとするのだ! 私は「オープンエア」状態のアヴァンタイムの車内で、ドリフの長さん(故・いかりや長介さん)のように「だめだこりゃ……」とつぶやくしかなかった。
アヴァンタイムは、高級車の分野で後退を続けていたルノーが、「ならばこれでどうだ!」と、超ブッ飛んだ奇襲攻撃をかけたクルマだった。価格は500万円。20年前当時としてはかなりのお値段だったし、あまりにも奇襲攻撃すぎて、変態以外には理解不能。たったの2年で生産を終えた。日本では、わずか200台ほどが売れたのみだった。
これだけの珍車だから、オーナーは独特の優越感に浸っただろう。ただ、一度でも試乗したことのある者は、あまり羨ましいとは思わない……ような気がする。
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