■マツダらしさはどこにある? モノマネでは追い越せない現実
マツダの販売現場で話を聞くと、「お店がレクサスに似ている」と言われることが多く、クルマに関しても「(いい意味で)欧州車のようだ」と話題になるとのこと。ハード面での品格や高級感というのは、ユーザーイメージと噛み合っているようだ。
対して、現場スタッフに目を向けると、新世代店舗に戸惑いを感じることがあるという。
マツダのクルマはこういうクルマだ、お店はこういうコンセプトだと集合研修などで口酸っぱく言われるが、現場では、お客様に応じて接遇を使い分けている状態だという。
凛と澄まして高級ブティックのように構えるのを嫌うユーザーも多く、「これまでのマツダの接遇は大きく変えていないし、突然、高級店になれというのも違うのではないか」、と営業スタッフが話してくれた。
レクサスでは、いかなる年次でも新規配属されたスタッフは泊まり込みで研修を受ける。そこでは、レクサスの理念を説明され、所作(小笠原流礼法)から話し方、身なりなど、高級の本質を追求するための土台が形成されるのだ。
このような研修は、新世代店舗になったマツダで実施しているとは聞いたことがない。
マツダの品格ある店のたたずまいに、期待感をもって入店する人も一定数いるだろう。問題はこうしたニーズに対して、マツダの現場が変化しようという感じが無いところにある。あえて変化しようとしていないようにも見えてくるのだ。
これまでのマツダと、新世代のマツダは、何を変え、何を同じにするのか。この答えを現場の末端まで浸透させない限り、新世代店舗の取り組みは、単に箱を高級店に似せただけで終わってしまうだろう。これでは過去にBMW・メルセデスの表面だけを追いかけた、レクサスと同じ道を辿る。
新世代店舗への変革が、歴史のあるマツダを赤子のような状態に戻してしまったのだろうか。販売現場からは、どこへ向かえばいいかわからない、そんな感じを受けてしまう。マツダの店舗とスタッフの接遇は、かなりチグハグした印象だ。
メーカーが求めるマツダ像と、販売現場が残したいマツダらしさとは何なのか、ここのすり合わせが急務である。
マツダが好きなユーザーがマツダに求めるもの、それは表向きだけの高級感ではないと思う。少々泥臭いかもしれないが、親しみやすくて真心の感じられる、温かい接遇が、マツダにはよく似合う。
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コメント
コメントの使い方店舗が安っぽいと揶揄されてきて、長い時間をかけてイメージを払拭してきたのに冷水を浴びせるような記事はあまり気持ちの良いものではありません。マツダの人からすれば「今さら昔の純朴な君に戻って」などと言われても「どの口が言うか」だと思います。
マツダはマツダでブランド価値を上げようと頑張っているのであって、レクサスを目指している訳ではないと思います。車種やコンセプトを見ても全然違いますよね。比較対象がおかしいですよ。あんまり極端な記事を書かないほうがいいのではないですか?
ハードルが高くて入りづらいって思ってしまう。
本社の理想を求められると、客側にとってもスタッフ側にとっても決して良いだけじゃないですからね。私も愚痴を聞いていると営業さんが気の毒に思えてきます
〇〇だから良いに違いない、以外の具体的な良くなった部分への言葉が少ないのは、店舗に対しても車に対しても同じ。これが生みの苦しみで過ぎ去ってくれたら良いのですが