安泰か 荊の道か?? 新トヨタのEV反撃戦略で「2030年に350万台」は成るのか

■生産工程と工場投資が半分になる

 次世代EV専用P/Fを開発する「BEVファクトリー」のプレジデントに就任した加藤武郎氏が、緊張した面持ちで初のプレゼンテーションに立ちました。

BEVファクトリーを率いる加藤武郎氏も登壇
BEVファクトリーを率いる加藤武郎氏も登壇

 次世代EV専用P/Fは、e-TNGAと同様の考えで3分割の新モジュール構造を採用し、最大の狙いはセンターモジュールで電池の進化を柔軟に受け止める考えが示されました。

 廉価なリン酸鉄を正極材に用いるLFP系電池と全固体電池を含め、トヨタは5つの新開発電池を2026年から2028年に開発する意気込みを示しています。

 車体構造には「ギガプレス(大規模なアルミダイキャスト)」を採用し、部品統合を実現させます。

 ギガプレスは、現在多くのEVメーカーが採用に向かう自動車製造の新しいプロセスで、トヨタもそれに遅れることなく追随します。

新生産技術の「ギガキャスト構造」。左が従来のプレス構造(86部品、33工程)で右が新構造(1部品、1工程)
新生産技術の「ギガキャスト構造」。左が従来のプレス構造(86部品、33工程)で右が新構造(1部品、1工程)

 テスラは171個のボディ部品をギガプレスで一体成型して、わずか2つのボディ構造部品へ統合しています。トヨタの次世代EV専用P/Fでも同様にフロントとリアの2つのボディ構造へ統合度を高めます。

 さらに、次世代EVの組み立て工程においては車両を吊り下げるハンガーや搬送のパレットを用いず、車両自らが工程を自走する新生産方式を採用します。

 これによって、EV専用工場設置の段取りは大幅な自由度の高まりと時間の短縮が可能となり、工程数と工場投資を半減させることができるようになります。

 ビークルOSの「アリーン」を用いて、クルマ屋らしいファンtoドライブなクルマへ磨き上げる多くの新しいOTA価値も提案されました。

 自前主義にこだわった次世代音声認識システムを採用し、即応答性に加えて、クルマ屋らしい200種以上の車両制御の操作性に優位性を見出そうとするところが特徴的でした。

 2026年の次世代EV専用P/Fと同時にアリーンOSを完成させ、OTAを用いた提供価値を拡大させる考えです。

 乗り味やエンジン音をオンデマンドで変更し、最高級のレクサスLFAからパッソまでのドライブ体験を1台のEVで提供したり、ソフトとハードのアップデートを施し、MT車の走行体験を得られるEVも開発を進めています。

1台のクルマでさまざまな乗り味やエンジン音を楽しめるシステムを組み込んだ実験車も用意されていた
1台のクルマでさまざまな乗り味やエンジン音を楽しめるシステムを組み込んだ実験車も用意されていた

■EVシフトに残された時間は変わらない

 2026年に150万台、2030年に350万台というEV販売台数の目線は決して「はったり」ではなく、高みに到達できる包括的な技術開発の基盤があるという、トヨタのEVへのやる気と自信が示されました。

 いかにトヨタが本気でEVを拡大させ、経営の持続可能性とマルチパスウェイ(全方位)戦略の基盤を強化しようと考えているかを理解するよいイベントとなりました。

 ただし、「これでトヨタも安泰」と楽観することはできません。

 第1に、電池技術の多くは自前主義で開発・生産が行われるため、自前で5つの電池開発を進めながら、大規模な量産を進めていくことは至難の業となります。

 第2に、EV戦略を遂行するにはトヨタ社内の意識改革、グループ企業の構造改革への邁進など内なる改革が不可欠となります。変革に立ち向かうグループ企業の覚悟が伴わなければ変革へのスピードを失う懸念があります。

 第3に、高価格帯EVへのソリューションは揃っていますが、カローラやRAV4クラスの普及版EVでトヨタがどのような提供価値を示し、そこにコスト競争力を見出そうとしているのか、それはまだ煮詰まっていない印象が残ります。

 最後に、EVシフトに向けて残された時間には変化はないのです。

 抜本的なEV強化が2026年から始まることを考慮すれば、2026年から2028年に向けて著しく強化される米国のGHG(温室効果ガス)規制、カリフォルニア州が主導するZEV(ゼロエミッションビークル)規制の対応に、トヨタは相当難しいかじ取りが必要となりそうです。

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●中西孝樹(なかにしたかき):オレゴン大学卒。1994年より自動車産業調査に従事し、国内外多数の経済誌で人気アナリスト1位を獲得。著書多数

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