ファミリア・シビック対決に待ったをかけたのは!? 最後の昭和ランキング 【ハッチバック編】

 平成が終わろうとしている今、あえて魅力的モデルが多い昭和のクルマたちを4つのカテゴリーに分けて再評価する、題して「最後の昭和ランキング」。今回はハッチバック編である。

 評価基準は「そのクルマが登場した時、いかに一般ユーザーやクルマ好きをときめかせたか」「その時代のエポックメイキング的クルマだったか」。

 このカテゴリーのエントリーは13車種。登場年は初代シビックが昭和40年代である以外は昭和50年代が中心で、KP61型スターレットが走り好きに支持されたり、5代目ファミリアが大ヒットするなど、特に若者の人気を集めたのが昭和のハッチバックの歴史だったといえる。

 ランキングも上記の3台が中心のものになると思われるが、他も名車揃い。誰がどのような判断を下すのか、要注目のランキングだ。

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※本稿は2019年3月のものです
文:片岡英明、石川真禧照、御堀直嗣/写真:ベストカー編集部
初出:『ベストカー』 2019年4月26日号


■スターレットは中位 ミラージュ シティがシャレード デ・トマソが上位に食い込む結果に

 ランキングの結果は僅差で1位が初代シビック、2位が5代目ファミリアと、やはりと言うべきか、特にこの2車に高い評価が集まった。

 しかしそんな中で、その2台に7位、8位と中位の評価を与えた石川氏、初代ミラージュを2位に掲げた片岡氏の評価も気になるところだ。

名前横の数字は「昭和●●年」を表す

●1位 ホンダ 初代シビック(昭和47年)

 4人中、ふたりが1位、ひとりが2位という高い評価でランキングトップに立った初代シビック。日本でのハッチバック車の歴史を作り、厳しい排ガス規制をクリアしたCVCCの搭載などが高評価につながった。

●2位 マツダ 5代目ファミリア(昭和55年)

 上の結果表のとおり僅差での2位。当時、若者を中心に人気を集め「赤いファミリア」は時代を象徴する存在となった。

●3位 三菱 初代ミラージュ(昭和53年)

 三菱初のFF車として登場し、当時の日本車とは一線を画す直線基調のクリーンなスタイルなどで人気を集めた。

●4位 ホンダ初代シティ(昭和56年)

「トールボーイ」と呼ばれる背の高いボディスタイルで当時注目を集めた初代シティ。ターボ車やカブリオレも登場した

●4位 ダイハツ シャレード デ・トマソ ターボ(昭和59年)

 初代シティと並ぶ4位の結果に。エアロバンパーをはじめこだわりのパーツによるデ・トマソのチューニングモデル

■個人評価も全体でも初代シビックと5代目ファミリアのワン・ツー。順当な結果ですか?

(TEXT/国沢光宏)

 日本におけるハッチバックの歴史を作ったのは、誰が何と言おうとシビックである。シビックの面白さを挙げるなら、その時点でのヒエラルキー(階層)に属さないクルマだったという点でしょう。

 当時の階層ピラミッドを見ると、お金持ちはアメ車。次の層がクラウン。そしてコロナ、カローラ、パブリカになっていく。

ホンダ シビック

 けれどシビックって階層ピラミッドに含まれない。平成時代のオデッセイやCR-Vのような存在だったワケ。お金持ちも喜んで新しい風を感じるシビックに乗った。

 5代目のFFファミリアも爽やかな風を吹かせたと思う。セダンとスポーツクーペしか存在しなかった日本の自動車ラインナップに当てはまらない「新しい価値観のシビック」のような存在になる。

 当時大いに話題となったVWゴルフのような合理性と、サンルーフに代表される遊び心のバランスが素晴らしい。ファミリアに憧れなかった若い人はいなかったんじゃなかろうか。学生時代、雑誌の依頼を受け最初にレポート書いたのがファミリアでした。

■3位を初代アコードにした理由は?

(TEXT/御堀直嗣)

 アコード以外のハッチバック車は、どれも元気で活発に走る2ボックスカーとしての魅力にあふれている。

 一方、アコードは、それらとやや趣の異なるハッチバック車ではないだろうか。

 当時も、ハッチバックといえば、実用的で手の届きやすい価格で販売される身近なクルマの位置づけだった。しかしアコードは、より上質で上級さを伝えるハッチバック車であった。

3ドアハッチバック車から登場した初代アコード

 簡単にいえば、その外観の造形を含め、お洒落で優雅なハッチバック車だったのである。これで、アコードというクルマの価値が決まったともいえるのではないか。

 運転免許証を取得したら、シビックに乗ろう。そして、いずれ大人になったらアコードに乗れる人になりたい。

 ホンダが、かつてテレビ広告で流していた「素晴らしき人ホンダに乗る」という言葉どおり、自分が素敵な人になれるような気にさせるハッチバック車が、初代アコードだったのである。

■今も人気のスターレットKP61より、初代ミラージュが2位、4代目ファミリアが3位と評価が上の理由は?

(TEXT/片岡英明)

 初代ミラージュは、今につながる横置きエンジンにトランスミッションを組み合わせたFF方式を採用し、パッケージングも絶妙だった。

 デザインは今見ても美しい。時代に先駆けてプレスドアを採用し、空力性能も優秀だ。

 しかも4速MTにはハイ/ローの副変速機を備えたスーパーシフトを採用し、スポーティにもエコにも走ることができる。

初代ミラージュ

 また、初代シビックやKP61系のスターレットは簡易型のセミオートマだったが、ミラージュは上級クラスと同じ本格派の3速ATをおごっていた。

 これに続くマツダのファミリアも、ミラージュと同じように今につながるFFのレイアウトだ。

 こちらもサスペンションは4輪独立懸架だし、VWゴルフを徹底的に研究したからハンドリングも軽やかだった。また、ラウンジシートや電動サンルーフなどを採用し、“丘サーファー”などの流行も生み出している。

 後世に与えた影響は、前時代的なスターレットよりはるかに大きいから上位なのだ。

FF化が進んでいたなかでFRで登場したKP61スターレット

■1位がシャレード デ・トマソ、2位が2代目ジェミニ。このワン・ツーの理由はずばり何ですか?

(TEXT/石川真禧照)

 もともとシャレードは“5平方カー”とか言われ、チープな大衆車として知られていた。そのシャレードが、いきなりイタリアのスーパーカーブランドであるデ・トマソに、チューニングを依頼したなんて、それだけで大ニュースだった。

 しかも、完成したモデルはツートーンカラーで、シャレードのよさを100%引き出していた。

 ホンモノのデ・トマソがつくったパンテーラは1500万円近かったが、シャレードのデ・トマソは120万円だった。それだけでも当時は大興奮だった。

ダイハツ シャレード デ・トマソ ターボ

 今でも初めてこのクルマを見た1983年の東京モーターショーが忘れられない。

 ついでに1985年の東京モーターショーにはこのクルマをベースにミドシップ化したデ・トマソ926Rも展示されていた。あれが市販されていたら、もっとワクワクしたのに!

 有名チューナーの手によるコンパクトカーといえば、もう1台、FFジェミニがある。ハンドリングbyロータス、イルムシャー。これら2車はやはり引き立つ。歴代ハッチバックで最もワクワクしたクルマたちだ。

「街の遊撃手」いすず 2代目ジェミニ

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