日産の歴史的な車両を収蔵する神奈川県座間市の「日産ヘリテージコレクション」が、コロナ禍で中止されていた一般公開を2023年8月より再開し、大好評を博している。予約殺到で訪ねることも困難となっている大人気自動車博物館の内容とは?
文/大音安弘、写真/池之平昌信、日産
■パネル展示はなく、ひたすら実車がズラリと並ぶ様は圧巻!
日本にある自動車発物館のなかでも指折りの収蔵車数を誇るのが、神奈川県横浜市西区にある「日産ヘリテージコレクション」。同地には日産自動車座間事業所があり、日産車の開発や生産を支えているのだが、同施設も同じ敷地内にあるため、外から様子を伺うことはできない。そのため、ちょっとミステリアスな存在でもある。
建物は広大なフロアを持つ平屋。ストレートに言えば、巨大な倉庫だ。このため、座間記念庫とも呼ばれている。一般の博物館と大きく異なるのは、歴史を知るパネル展示などがほとんどないこと。
その代わりに、広大なスペースを埋め尽くさんばかりにクラシックカーが整然と並べられている。その光景を初めて見た時は、誰もが息を吞むことだろう。
施設内には、常時280台ほどの車両が展示されている。すべての車両を見て回るだけでも一度の見学会では物足りないのに、今やコレクションの総数は500台を超える規模にもなっているそうだ。
さらに、日産グローバル本社ギャラリーなどの別施設に長期貸し出される展示車もあるため、定期的に一部展示車の入れ替えも行われている。だから、何度足を運んでも、新たな出会いがあり、同施設の魅力となっている。
これだけの規模を誇る自動車メーカーのコレクションを、日時と人数限定とはいえ、無料で楽しめるというのは本当に凄いこと。リピーターとなるファンが多いのも納得だ。実のところ、私もそんなひとりであり、仕事として度々足を運んでいるが、日産ヘリテージコレクションを訪れる機会を非常に楽しみにしている。さて、収蔵車の紹介に話を戻そう。
■1930年代の創業車ダットサンも展示
展示エリアは、まるで巨大な駐車場。入場用のドアを入って、左側より年代別で市販車が並べられている。最も古い車両は1930年代からで、日産自動車創業時のダットサンが飾られている。
驚くべきは、当時の乗用車だけでなく、トラックやバンなどの商用車も残されていること。実用メインの働くクルマたちは、役目を終えるとスクラップとなるため、現存する車両が非常に少ないからだ。
さて年代別に、簡単に展示車を紹介していこう。1940年代の目玉は、「たま電気自動車」だろう。戦後、立川飛行機の関係者が立ち上げた東京電気自動車(後に、『たま電自動車』に改名)は、世界初の量産型電気自動車を生み出した自動車メーカーであり、プリンス自動車工業の前身となった。
まさにリーフのご先祖様と言えるモデルに会えるのだ。さらに「たまトラック」は電気自動車をガソリン車に改造した車両が残されており、当時の激変した自動車の環境を伝えている。
1950年代では、ダットサンとプリンス自動車のモデルを展示。たま自動車時代に投入した「プリンス セダン」は当時の明仁親王殿下が、「第1回全日本自動車ショウ」でお気に入りになられ、ご購入を決断された愛車が収蔵されているというから凄い。
1960年代では、「プリンススカイラインスポーツクーペ」や「ダットサンフェアレディ」などのスポーティなスペシャルティカーや「日産セドリック」や「プリンスグロリア」などの高級車も誕生。さらに日産の最上級セダン「プレジデント」も登場し、こちらも実車が展示されている。今話題のトヨタセンチュリーよりも激レアだけに必見だ。
1970年代となると、多くの人がマイカーとして登録車を手にできる時代が到来し、懐かしい顔ぶれが充実。ハコスカやケンメリの愛称で親しまれた3代目(C10型)と4代目(C110型)の「スカイライン」などの人気車だけでなく、サメブルの愛称を持つ4代目「ブルーバード」や国内では参戦実績がなく、カタログ撮影用に製作された幻のレーシング仕様の2代目「チェリーF-IIクーペ」などの激レア車も。このチェリーは近年、日産名車再生クラブにてレストアを受けたため、非常に状態もいい。
コメント
コメントの使い方