ナカニシ自動車産業リサーチ・中西孝樹氏による本誌『ベストカー』の月イチ連載「自動車業界一流分析」。クルマにまつわる経済事象をわかりやすく解説すると好評だ。
第二十九回目となる今回は、いよいよ今年11月に迫ったアメリカ大統領選挙の行方と、それがもたらす自動車産業への影響について。
※本稿は2024年3月のものです
文:中西孝樹(ナカニシ自動車産業リサーチ)/写真:日産、スバル ほか
初出:『ベストカー』2024年4月26日号
■トランプが再選すると「新興国で中国EVと日本メーカーの激突」が起きる?
2024年3月12日、民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大統領がアメリカ大統領選挙の候補者に確定しました。
現時点ではトランプが優勢との下馬評です。「もしトラ」ではなく「ほぼトラ」に向かう流れのなかで、トランプ再選が及ぼす自動車産業のリスクを検証してみましょう。
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筆者は、例年1月にラスベガスで開催されるテクノロジー見本市「CES」に参加していますが、今年はCES入りする前にワシントンDCを訪問しました。自動車メーカー渉外関係者の選挙に対する考えをヒアリングするのが目的でした。
その段階で、共和党はスーパーチューズデーまでにトランプ前大統領の指名で決するとの意見が多く、政権交代の可能性に備えて、2025年以降への影響のシミュレーションが始まっていました。
EV推進策を遂行したバイデン政権に対し、トランプ政権がその方針を覆す蓋然性は高いでしょう。
2025年にトランプが政権に復帰すると、日本の自動車産業にどう影響を及ぼすか。筆者が注目しているポイントがあります。
間違いなく、自動車、自動車部品の輸入関税の見直しと中国サプライチェーンの米国からの締め出しを進めてくるでしょう。ただ、同盟国の日本に直接大きな影響を及ぼすことにはならないと考えます。
だから安心ということではなく、それは中国車メーカーが新興国への侵攻を強めるきっかけになりうるのです。副次的効果として、タイを最前線とした中国EVと日本車メーカーの激突が起きると考えます。
■GHG規制を巡る争いに翻弄される
次にトランプは、気候温暖化政策の規制強化を緩和させることになるでしょう。
例えば、米国環境保護局(EPA)が規制する温暖化ガス(GHG)規制(米国運輸省道路交通安全局が実施する自動車燃費規制のベースとなる)の緩和を求めることになりそうです。
これは北米でEVに出遅れ、規制対応ができずに多額の対応費が懸念されてきた日本車メーカーにはプラスです。ただ、危機が去るという意味ではありません。
EPAの2026年モデルイヤー(MY)以降のGHG規制数値が注目されています。
昨年(2023年)3月の草案では2032年MYまでに56%の削減案が示され、新車販売の60%以上がゼロエミッション車(EV+PHEV)に置き換わらなければ実現できないという、どうにも行き過ぎた規制内容でした。
バイデン政権下で改定された2025年MY、2026年MYのGHG規制値は過激な削減カーブを描いていました。
EPAの草案はそこから一段と加速化した削減率を描いており、真剣にEVシフトの加速化を覚悟せざるを得ない内容でした。
この新しい規制値は早ければ今春にも最終案が開示される可能性があります。
現段階では草案の「代替案3」に収まるのではないかといわれています。それは、バイデン政権が定めた2025年MY、2026年MYの削減率を直線的に伸ばしていくイメージです。
楽になったかといえば、決してそうではないのです。それでも2026年に20%程度のゼロエミッション車比率を達成しなければ規制はクリアできないのです。
2025年にトランプ前大統領が復帰するのであれば、GHG規制の緩和を推し進めてくるはずです。すべての州に緩めの連邦規制の適用を義務づけようとする可能性も高いです。再びカリフォルニア州との法廷闘争が予想されます。
しかし、法廷闘争は任期中では終わらないかもしれませんし、GHG規制の改定には2年近くの時間が必要だと考えます。
要するに、2027年MY、2028年MYの規制値は現政権が固めることになるわけです。トランプがその先を変更したとしても、再び次期政権が規制を動かすことにもなるでしょう。
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