現行型ヴィッツ「先代比で商品力が大きく低下」
今の自動車メーカーは、世界生産台数の80%以上を海外で売るが、コンパクトカーに限ると海外比率は50~60%だ。日本も40~50%の大切な市場だから、ボディを3ナンバーサイズには拡大できない。
その一方で、欧州などのニーズに応えて走行安定性は高まるから、日本のユーザーにとって優れた商品になる。
ヴィッツはこの代表で、1999年に初代モデルが発売されると、コンパクトカーの人気車種になった。欧州など海外市場を意識して開発され、コンパクトなボディに上質な内外装を組み合わせたからだ。
当時のトヨタは他の日本メーカーのヒット商品には徹底的に対抗したから、2005年発売の2代目ヴィッツも渾身の開発を行い、さらに優れた商品になった。
ところが2008年後半にリーマンショックが発生し、2010年発売の3代目ヴィッツ(現行型)は、商品力を大幅に下げてしまう。インパネなど内装の作りは安っぽく、直列3気筒1Lエンジンを筆頭にノイズは大きい。
乗り心地も粗く、試乗した時には驚いた。販売店のセールスマンは「これでは先代ヴィッツのお客様に、乗り替えを提案できない」と頭を抱えた。3代目は2代目に比べて明らかに商品力を下げていたからだ。
その後、数回の改良を経て、ヴィッツの欠点は解消されたが、魅力的な商品に成長したわけではない。
現行ヴィッツの登録台数は相応に多いが、ネッツトヨタ店の販売力と、ハイブリッドの設定などワイドなバリエーション構成によるところが大きい。
2代目RAV4「立派になったが個性は乏しいSUVに」
初代トヨタRAV4は、1994年に発売されて一躍人気車となった。
全長が3695mm、全幅が1695mmのコンパクトなボディは、波打つようなデザインで格好良い。当時はカローラレビン&スプリンタートレノのようなスポーツカーが飽きられ始めた時期だったから、若年層のクルマ好きがRAV4に飛び付いた。
1995年になると、全長とホイールベースを伸ばして5ドアボディにしたファミリー向けのRAV4・Vも加わり、5ナンバーサイズで軽快な運転感覚を味わえた。
ところが2000年登場の2代目は、基本スタイルを踏襲しながら全幅を1735mmに拡大。初代に比べると各部を鋭角的にデザインしてスポーティになったが、6代目のS14型シルビアに似た膨張感が生じてしまった。
しかも車内は広いとはいえず、3ナンバー化によって独特のカジュアルな雰囲気も薄れた。立派になったものの、個性の乏しい普通のSUVと受け取られた。
一方、他メーカーでは、1997年に初代スバル フォレスター、1998年にはコンパクトなホンダ HR-V、そして2000年には初代日産 エクストレイルが発売されて売れ行きを伸ばした。
つまり、2代目RAV4は、個性的なSUVが続々と登場するなかで、平凡なフルモデルチェンジを行ったから人気を下げてしまった。
4代目オデッセイ「変わり映えせずライバルともども低迷へ」
1994年発売の初代ホンダオデッセイは、3列シートのスマートなミニバンとして人気を高めた。
3ナンバー車でありながら全高は1700mm以下でスライドドアも装着しないが、当時のミニバンはエスティマやセレナなど車種が限られていたため、背の低いボディはむしろ乗用車的と受け取られて人気を高めた。
この後、1996年には初代トヨタ イプサム、1998年にはトヨタ ガイア、1999年には初代マツダ プレマシーという具合に、背の低いワゴン風のミニバンが登場してくる。
そして2001年には2代目イプサムが3ナンバー車に拡大され、オデッセイに真っ向勝負を挑んだ。
そこで2003年発売の3代目オデッセイは、全高を立体駐車場の利用が可能な1550mmまで下げている。
ミニバンでありながら外観がスポーツワゴンのように格好良く、走行性能もサーキットや峠道を攻められるほど優れていた。開発者は「トヨタもここまでの低床設計は実現できない」と胸を張った。
ところが売れ行きは伸び悩み、2008年に登場した4代目は一層低迷。4代目は3代目のマイナーチェンジ版のようで変わり映えせず、2004年には同じホンダから新型ミニバンのエリシオンも加わったからだ。
また、2008年頃にはミニバンも普及開始から10年以上を経て、珍しい存在ではなくなり、多人数乗車や荷物の積載を目的に購入されるカテゴリーになっていた。
そうなると、3列目と荷室の狭いワゴン風のミニバンは、走行性能が高くてもセールスポイントにならず、中途半端で販売が低迷した。
ちなみに、オデッセイに勝負を挑んで3ナンバー車になった2代目イプサムも、販売を低迷。メーカー間のライバル競争が共倒れに終わる珍しい事例となった。
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