【R32GT-R、ブルーバード、サニー…】私の愛した日産車たち


 カルロス・ゴーン元会長の事件、西川廣人社長の不正報酬問題による辞任、2019年度第一四半期(4~6月)決算では98.5%の利益減と、泣きっ面に蜂状態の日産。さらには、国内市場軽視だとファンから厳しい声が叫ばれている。

 そんな日産ではあるが、過去には多くの人が日産車に乗り、その心を熱くさせたことがあった!

 今回は、若かりし頃に日産車に乗り、クルマの楽しさを味わった4人の自動車評論家とレーシングドライバーに、当時愛した日産車について熱く語ってもらった。

※本稿は2019年9月のものです
文:ベストカー編集部/写真:NISSAN、ベストカー編集部
初出:『ベストカー』 2019年10月10日号

【画像ギャラリー】あなたの心も熱くした!? 往年の愛された日産車たち


■クルマ作りにこだわりを感じたFR車(国沢光宏)

 当時は26か27歳だったと思うが、中古で購入した走行距離の短い上物のサニー310クーペに乗っていた。当時TSレースで使用されていたのと同じモデルで、スタイルがカッコよかった。

サニー(B310型)後期型。FRレイアウトを採用した最後のサニーとなった4代目。前期型は大型丸目2灯のヘッドライトを採用し、後期型では角型2灯ヘッドライトを採用していた

 社外品のサスペンションに交換していたこともあるが、ハンドリングがよかったし、取り回しもよかった。ワインディングロードだけじゃなく、街乗りでも楽しいクルマだった。

 車重900kgくらいのボディに、1500ccのエンジンを搭載したFR車なんて今の時代にはないし、上物の掘り出し物があったら、エンジンをパワーアップなどして、今でも乗りたいくらいだ。

 もう一台は、子供とどこか行くのに便利なほうがいい、と買ったFRレイアウトのバネット。貨物用のグレードで、フラットな荷室だったので、布団を敷いてキャンピングカーのような使い方ができた。

 バネットは新車で買ったけれど、決め手となったのはリアにもベンチレーテッドディスクブレーキが奢られていたこと。当時の日産は手抜きがなく、しっかり作っているな! と感じられた。

 当時の日産はクルマ作りにこだわりが感じられて、凄くよかったよね!

■スカイラインとブルーバードに惚れこんで(片岡英明)

 19歳の時、ブルーバード(510型)を購入しました。

 足回りにセミトレーリングアームを採用していましたが、他社のものと比べて足回りのできがよく、コーナリング性能も高かったんです。

 スポーツドライビングをするのには最適でしたね。残念ながら調子に乗りすぎて、1年くらいで自爆して廃車にしてしまったのは残念でした。

ダットサン・ブルーバード(510型)。三角窓のないシャープなスタイリングと、OHCエンジン、4輪独立懸架などによる高い基本性能と実用性が受け、販売累計台数150万台以上の大ヒットとなった

 免許を取った時は、排ガス規制が始まった時期と重なって、ガソリン車が安かったんです。なので、頻繁にクルマを乗り替えていましたね。

 ハコスカも乗ったし、スカイラインS54にも乗りました。買ったのは54Aだったんですが、B仕様になっていました。

 あとは、中古で安かった810のブルーバード(最終型)も乗っていたことがあるんです。L型6気筒エンジンだったんですが、エンジンは上品なフィーリングで、大人な乗り味でした。

 飛ばすことはなかったけど、長距離ドライブが楽しかった。スカイラインもブルーバードもそうでしたが、当時の日産のクルマは距離を走ってみることで、そのよさがわかったんです。

ダットサン・ブルーバード(810型)。メインとなるZ18型・4気筒SOHCエンジン(105ps/15.0kgm)が1シリンダーに対して2つの点火プラグ(ツインプラグ)を備えることも話題となった

 また、当時の日産車はシンクロが強くて、ミッションが使いやすかったですね。それはR32の時代になっても引き継がれていて、日産の強みだなと思っていました。

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