■常に自分からアクションを起こす積極性
なつきと拓海の関係については、当連載(【茂木なつき 前編】)で馴れ初めを中心に紹介したが、その後、蜜月となる夏(【藤原拓海 後編】など)を経て、衝撃の展開を迎える。ある日、拓海の自宅に匿名の電話がかかってきて、「あの女は中年男とセックスしてお金もらってるよ」と告げるのであった。
その後もリークを受け、ついにホテルの前で張る拓海。すると駐車場から出てきたメルセデスに出くわし、助手席ウインドウになつきの顔を見る。ほとばしる拓海の怒り。それはヤケクソで須藤京一にバトルを挑み、ハチロクのエンジンを壊すほど(←さまざまな要因はあるにせよ)の怒りだった。
以後、なつきは拓海から距離を置かれることになる。しかもはっきり「ベンツの彼氏と仲良くやれよ」と言われて……。
なつき本人が援交だと認識してない以上(当時は本当にそうだった)、ここまでの彼女の行動について正否を論争しても仕方がないのだが、もし自分の彼女(まだキスしただけでハッキリ宣言してないけれども)が他の男とホテルから出てきたら、そりゃ18歳の男子である拓海には受け止めきれないことだろう。どれだけなつきに惹かれていたとしても、支え切れるはずがない。
しかし、時間のパワーというのはすごいもので、秋を隔てて冬になったある日、意を決したなつきが拓海をドライブに誘う(彼女は乗せてもらう立場だが)。そしてハチロクの車内で、「ベンツの人とは別れた」と告げるのだ。結果的には友人として仲直りすることになり、さらになつきは拓海が働くガソリンスタンドで一緒にアルバイトを始める。
徐々に2人の間にしこりはなくなっていき、クリスマスに。「子どものころからクリスマスに特別なことしたことないよ…オレン家、母親いないし…」という拓海の発言を受け、サプライズで藤原家へ乗り込んだなつき。そこで、拓海の父親(文太)とも仲良くできるあたりが彼女の素晴らしさでもあり、その無邪気な可愛らしさが忌憚なく綴られていて微笑ましい。
■それぞれが将来のために下した決断
そして年が明けたある雪の日、なつきの前に姿を現したのは元カレの御木である。この男に拉致されそうになったなつきを助けるため、拓海はハチロク(FR)で御木の愛車セリカGT-FOUR(4WD)を訳もなく撃墜して、なつきを救出。
その後、雪中のハチロク車内で時間を過ごし、なつきが涙とともに心のうちをさらけ出すと、それまでクールだった拓海も、ついに「おまえのこと好きだから…!!」と本心を告げるのだった。
と、あらすじだけ記したが、本当に急展開だ。まさに魂が舞い上がる“ジェットコースター・ロマンス”。実際、なつきはまだ他の誰も体験したことのない拓海の“本気の下り”を助手席で体験しているが(笑)。こうして、衝撃の告げ口電話から振り返ってみても、本当に18歳の若い2人が、感情を揺らしながらよく走り抜けたものだと思う。感動的ですらある。
そして高校を卒業する2人。東京の専門学校へ行くという選択をするなつき。「頂点に立つドライバーになりたいんだ」と宣言し、そのために地元に残ってプロジェクトDに参加すると決めた拓海。2人は遠距離恋愛などではなく、別れることを決めた。
この決断に、残念な気持ちを拭いきれない読者も少なくないだろう。また、なつきのいなくなった作品後半に物足りなさを感じたファンもいたことだろう。
しかしこの、それぞれの新しい世界へ旅立つ2人の前向きなフィナーレからは、どこか清々しい印象さえ感じられるのも事実である。ここまでさまざまな経験をし、乗り切ってきた2人からは、やり切った感が溢れている。そしてこの時の拓海の変わろうとする気持ち、心に誓ったあすなろ宣言が、後の峠最速ランナーの礎となっていることは間違いない。
駅での別れのシーンは、短いながらも、なつきの思いの本質が凝縮されている。拓海への愛の深さ、この先また結ばれることはないという未来予想、涙腺が緩くなった中年にとっては涙なしには読めない恋愛劇だ。若さゆえの決心ではあったが、その判断すら素晴らしいと思えるところも、若さのポジティブな面であろう。
■1話丸ごと掲載/Vol.172「模索」
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