東日本大震災では東北地方太平洋沿岸を未曽有の津波が襲い、避難のために使用していたクルマが津波に飲まれ、多くの方が命を落としている。「地震での避難にはクルマを使わないように」と呼びかけられたこともあったが、避難にクルマが欠かせない人もいる。このジレンマを解消すべく生まれた1台のクルマとは!?
文、写真/佐々木 亘
■100本ノックの末に生まれたアイディア
小さな4人乗りのシティコミューターは、FOMM ONEという。
このクルマの特徴は「水に浮く」こと。小型BEVのFOMM ONEが生まれた背景には、あの大災害があった。
株式会社FOMMの代表取締役である鶴巻日出夫氏は、FOMM ONEの誕生秘話を静かに語り始める。
1人乗りの小型電気自動車「コムス」の開発に従事してきた鶴巻氏。震災当時もコムスに関わる仕事をしていたが、当時はまさか水に浮くクルマを開発するとは思っていなかったという。
震災から幾ばくかの時が流れ、電気自動車のさらなる普及には何が必要なのかを必死に考えた鶴巻氏。アイデア出しの100本ノックをしている最中、FOMM ONEの原型となる考えが浮かんだ。
電気自動車を動かすのはバッテリーとモーターである。モーターは水に強い、水の中でも動かすことができるというキーワードに引っかかった。
ガソリンエンジンは排ガスを出さなければならないため、クルマと水は交わらないものというのが従来までの考え方だが、電気自動車ならどうか。もしかすると水の中でも使えるのではないかという発想に行き着いたのだ。
東日本大震災の大津波被害に心を痛めた鶴巻氏。今後も大地震と津波の被害は、日本のどこでも発生する可能性があり、沿岸地域に住む自身の家族を心配する思いもあったという。
中には、足腰が悪く、津波災害避難時にもクルマを必要とする人はたくさんいるはずだ。こうした思いを形にし、FOMM ONEは完成した。
■水に浮いて命を守るクルマづくり
FOMM ONEは、実際に水に浮くだけでなく、池や湖といった水面の穏やかな場所であれば、時速3kmほどの速度で動くことができる。ただし、実際に津波が陸地に到達し流れてくるスピードよりは、はるかに遅いスピードだ。
俗にいう水陸両用車ではないFOMM ONE。そこで大切にしているのは、あくまでも沈まないことだった。
車両の下部にバッテリーを配置し、ドアと窓が閉まっていて壊れていない状態であれば、車両が水の中でひっくり返っても、また元の姿勢に戻るというのだ。(注:乗員はシートベルトを着用している前提)
また、一般的な自動車ではドアの隙間から大量に水が車内に侵入してくるが、FOMM ONEは、ドアの構造にも工夫を凝らし、車内への水の侵入を最小限に防いでいる。
一般的な自動車ドアの構造は、ボディの外側が1枚の鉄板になっていて、内装側に樹脂素材を使う。内側に切り欠きを作り、窓の昇降装置などを内部に組み込むのがスタンダードな構造だ。
水の中に入ると溶接の部分などから車内に水が浸入し、内装の樹脂素材も水の侵入を防ぐことはできない。
そこでFOMM ONEは、ドアの構造を一般的なクルマとは正反対にしているのだ。内側は鉄板1枚にし、ボディ外側が樹脂素材になるような構造である。
樹脂と鉄板の間までは水が入ってくるものの、鉄板側にはシールを施し、車内には水が入り込みにくい構造になっているという。
仮に水が車内に侵入しても、窓を開けて外に掻き出せば、水の上には浮いていられるということ。24時間は水面で浮いていられるようにするというのが、FOMM社の社内規定にもなっている。
実際の災害発生時には、24時間浮いていれば救助ないしはどこか安全な場所まで流れ着くことができるだろう。クルマが水に浮き続けるということで、救える命が増えるのである。
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