スバルにとって唯一の海外生産拠点、スバル・オブ・インディアナ・オートモーティブ(SIA) が、このたび累計生産600万台という大きな節目を達成した。その記念すべきラインオフを飾ったのは、北米での生産終了が決まっている名セダン「レガシィ」である。SUV人気に押されつつも輝きを放ったレガシィの軌跡、そしてスバルが次に見据える一手とは何か。改めて追いかけてみたい。
文:ベストカーWeb編集部/写真:SUBARU
スバル唯一の海外工場、米SIAが38年で600万台を達成!
SIAは1989年に稼働をスタートしたスバル唯一の海外生産工場である。アメリカ・インディアナ州ラファイエットに拠点を構え、北米向けスバル車を38年もの長きにわたり造り続けてきた。
そして2025年6月27日、ついに累計600万台を達成! その節目を飾ったのは2025年モデルの「レガシィ リミテッド(コズミックブルーパール)」だ。組立ラインに笑顔で並ぶスタッフの姿からは、SIAの誇りと現場の信頼がひしひしと伝わってくる。
SUVが生産の主役に! SIAは次なる800万台へ
今のSIAでは、アセント、アウトバック、クロストレックといった人気SUVが生産台数の半分以上を占めている。
さらに今秋にはフォレスターの生産開始が控えており、フォレスター・ハイブリッドも春からラインに乗る予定だ。SUV人気の波を受け、SIAは次なる累計800万台達成へ向けて一気にギアを上げていく構えである。
名セダン「レガシィ」生産終了、その背景とは?
600万台目を飾ったレガシィだが、素直に喜んでばかりはいられない。北米で長年愛されてきたレガシィが、この秋でついに生産終了を迎えるからだ。
レガシィは1989年9月に米国デビューし、SIAで最初に組み立てられたスバル車でもある。
以来7世代で累計130万台以上を北米で販売し、中型セダンとして多くのファンを魅了してきた。
しかし近年のSUV人気の急拡大で、米国市場でのセダン需要は右肩下がりに。乗用車からSUV・クロスオーバーへのシフト、そしてスバルの電動化・完全EV化の流れは避けられないものとなった。
世界を広げたレガシィ、そのDNAはSUVへと生き続ける
レガシィは日本市場でもB4(セダン)が先に販売終了し、2025年3月末にはアウトバックも受注終了。これにより、ついに「レガシィ」の名は日本市場からも姿を消すことになる。
「大いなる伝承物」という名の通り、初代レガシィは新世代のグローバルカーとして車体もエンジンもゼロから開発された。
レオーネよりひと回り大きなボディは迫力とダイナミックさを両立し、セダンに加えツーリングワゴンも設定された。
新開発の水平対向4気筒EJ型は2リッターのEJ20を軸に、最強のDOHCターボ仕様では220psを発揮。駆動方式はFFとフルタイム4WDを用意し、WRC参戦やスキーブームを追い風にGTモデルは大ヒットを記録した。
初代レガシィは当時の中型セダン市場でライバルたちと鎬を削り、水平対向エンジンとAWDの魅力を世界に知らしめた。そのDNAを受け継ぐフォレスターは、いまやスバルを代表するSUVとして確固たる地位を築いている。
レガシィの終幕は寂しくとも、その血を引き継ぐSUVたちがこれからもスバルの「安心と愉しさ」を支え続けるに違いない。
















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