名門アバルト軍団の実力と心配 世界に誇る「サソリ」の一撃

モータースポーツで名を馳せたアバルト

日本にはアバルトフリークが根強く存在していて、カルロ・アバルトの誕生月にちなんだサソリのエンブレムは特別な意味を持っている
日本にはアバルトフリークが根強く存在していて、カルロ・アバルトの誕生月にちなんだサソリのエンブレムは特別な意味を持っている

 アバルトはオーストリア出身のレーシングライダーであるカルロ・アバルトが1949年にイタリアのトリノで設立したのが起源。おなじみのサソリのトレードマークは創始者のカルロの誕生月の星座に由来する。

 ほどなくフィアット車をメインに市販車のチューニングを手がけるかたわら競技にも参戦し、1950~1960年代にはモータースポーツ界を席巻するほどの活躍を見せた。

アバルトは1960年代のレーシングシーンでセンセーショナルを巻き起こし、それにより名声を築いた。写真は1965年モデルの1000SP
アバルトは1960年代のレーシングシーンでセンセーショナルを巻き起こし、それにより名声を築いた。写真は1965年モデルの1000SP

「ジャイアントキラー」や「ピッコロモンスター」と呼ばれるほど、競争相手の大柄な高性能車を小さなアバルトが追いかけ回すさまはのちのちまで語り草となった。

 それが遠く離れた日本にも伝わると、もともと日本人が昔からDNAとして持っている、強大な相手に挑む小兵に味方する、いわゆる“判官びいき”の心境と通じたことも、現在のアバルトの人気につながっている面も少なからずありそうだ。

アバルト復活のきっかけは日本!!

フィアット傘下に収まってからは124アバルト、131アバルト(写真)などラリーを手掛けて名を馳せた。しかしアバルトのオリジナリティは失われていった
フィアット傘下に収まってからは124アバルト、131アバルト(写真)などラリーを手掛けて名を馳せた。しかしアバルトのオリジナリティは失われていった

 ところが、1971年にフィアット傘下に収まるや、アバルトは徐々に存在感を薄れさせていく。

 当時は主にフィアットグループ内の競技部マシンの開発に携わり、競技の世界ではそれなりに活躍していたものの、長らく市販車とのかかわりがなくなっていたからだ。

 そんなアバルトが再び目覚める兆しを見せたのが20世紀の終わり頃。しかも彼の地ではなく日本での話。

1998年にプントのホットモデルとして追加されたプントスポルティングアバルト。これは日本専用モデルとして販売された
1998年にプントのホットモデルとして追加されたプントスポルティングアバルト。これは日本専用モデルとして販売された

 1998年に「プントスポルティングアバルト」、次いで2000年に「HGTアバルト」という2台の日本向けの専用モデルを突如として発売したのだ。

 いずれも内容的には往年のアバルトとはほど遠いいたってシンプルなものだったとはいえ、それだけアバルトにとっても日本は特別な市場と認識していことの表れに違いなく、アバルトがわざわざ日本だけのためにこうしたモデルを用意したことを興味深く感じたものだ。

フルモデルチェンジしたプントに設定されたプントHGTアバルトも日本専用。アバルトが日本マーケットを重要視していたことがよくわかる
フルモデルチェンジしたプントに設定されたプントHGTアバルトも日本専用。アバルトが日本マーケットを重要視していたことがよくわかる

アバルト500の登場に日本のアバルトファンは歓喜

 それにしてもなぜ日本? と思うところだが、それには日本にかねてから熱心なアバルトファンが多数存在することが大きいようだ。

 彼らが保有するヘリテージカーは状態のよいものが多く、世界的にも貴重なアバルトが実は日本にたくさんあるのだという。

 そして2007年、フィアットはアバルトを正式に復活させたのはご存知のとおり。グランデプントを皮切りに、翌年には「アバルト500」を送り出す。

 日本にはいずれも2009年に上陸した。

2007年にフィアットがアバルトを正式に復活させ、グランデプントアバルトは2009年から日本で販売を開始
2007年にフィアットがアバルトを正式に復活させ、グランデプントアバルトは2009年から日本で販売を開始
グランデプントアバルトは少々消化不良気味だったファンも、アバルト500の登場を歓迎。何よりも500のチューニングモデルが復活したことで歓喜
グランデプントアバルトは少々消化不良気味だったファンも、アバルト500の登場を歓迎。何よりも500のチューニングモデルが復活したことで歓喜

 とりわけかつてアバルトが名声を博したのも当時のフィアット500のチューニングだったが、小柄なボディをスポーティに仕立てた姿と強力なエンジンを積んだ往年のアバルト500の再来にファンは歓喜した。

 さらに、マツダとの提携により生まれた124スパイダーも登場した。その124スパイダーが日本に導入された2017年が、いまのところアバルトがもっとも売れた年となっている。

 ストーリー性を大事にするアバルトファンにとって、ピュアなアバルト車ではない現行124スパイダーが受け入れられるのかという危惧もあったが、それなりに支持を得たといえそうだ。

マツダとの共同開発によって誕生した124スパイダー。日本では独自チューニングが施されたアバルトバージョンのみが販売されている
マツダとの共同開発によって誕生した124スパイダー。日本では独自チューニングが施されたアバルトバージョンのみが販売されている

次ページは : アバルトのイベントは本国以上の盛り上がり

新車不足で人気沸騰! 欲しい車を中古車でさがす ≫

最新号

あのトヨタスターレットが再び公道に舞い降りる!? 日産×ホンダ協業分析など新社会人も楽しめるゾ「ベストカー5月10日号」

あのトヨタスターレットが再び公道に舞い降りる!? 日産×ホンダ協業分析など新社会人も楽しめるゾ「ベストカー5月10日号」

トヨタの韋駄天が覚醒する! 6代目NEWスターレットのSCOOP情報をはじめ、BC的らしく高級車を大解剖。さらに日産・ホンダの協業分析、そして日向坂46の富田鈴花さんがベストカーに登場! 新社会人もベテランビジネスマンまで、誰もが楽しめるベストカー5月10日号、好評発売中!