2020年12月22日午後2時、新東名の御殿場JCT-浜松いなさJCT間145kmの完全6車線化が実現し、最高速度も正式に120km/hに引き上げられる。
クルマに造詣の深い方からすれば、「やっとか!」という思いもあるだろう。「クルマの性能がこれだけ上がっているのに、そもそもなぜ今までずっと100km/hだったんだ?」という疑問を抱いて当然だ。
もちろん、安全性から制限速度の引き上げを疑問視する意見もあるだろうが、いずれにしても新東名は2012年から順次開通していて、設計速度は120km/h、そのうえで140km/h走行も担保する構造になっている。
では、なぜ長年最高速度は100km/hのままだったのか? そしてなぜ今、速度の引き上げが実現したのか? 高速道路研究家の清水草一氏が解説する。
文/清水草一
写真/奥隅圭之、編集部
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「設計速度120km/h」の区分は半世紀前から存在
まず、高速道路の設計の方だが、その元となる道路構造令の都市間高速道路(東名や名神などを指す)に関する基準は、1970年に施行されたままで、現在も変わっていない。
ただ、半世紀前に決められたこの基準には、すでに「設計速度120km/h」とされる第一種第1級なる分類が存在し、新東名以外にも、道央道、東北道、関越道、常磐道、東関東道、名神、新名神、九州道に、該当する区間が一部ある。
設計速度を決めるのは主に線形。つまりカーブの曲線半径と勾配だ。その他車線の幅員や路肩の広さ、視距(視認できる距離)など多岐にわたるが、とにもかくにも、設計速度120km/hは、新東名が初めてではない。
では、なぜ制限速度が100km/h上限のままだったかというと、もともと設計速度は、制限速度とはほぼ無関係なのである。
国交省が定めたのが設計速度で、制限速度は警察庁の管轄。縦割り行政により、両者はほとんど連携することなく、それぞれの縄張りでそれぞれの基準を設けていた。
設計速度は半世紀前に決められたもの。高速道路の最高速度100km/hも、名神の開通以来変わっていない。どちらも当時のクルマの性能を基準にしているが、この半世紀でクルマの性能は飛躍的に向上した。
人間の運転技量はそんなに変わっていないので、クルマの性能向上がそのままダイレクトに制限速度アップにはつながらないが、多少は制限速度を上げてもいいと思うのが自然だろう。
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