■MT比率いつ低下? AT比率の推移
日本でも、「ATはダサイ」という考え方は、たしかに存在した。それはバブル期まで……だろうか。なにしろR32型スカイラインGT-Rには、AT車がなかったのだ(R33型にもR34型にもなかったけど)!
1990年当時、登場したばかりのR32型スカイラインGT-Rに乗っていると、歩道を歩いている人全員が振り返った。なかには走って追いかけてくる人もいた。つまりGT-Rは大スター。そのスターにはATがなくてMTのみ! それだけでもう、うっすらと「MTはエリート」「ATはダサイ」ということにならないだろうか?
初代NSXには4速ATがあったけれど、サッパリ売れなかった。これも間違いなく「ダサイから」である。当時の男子にとって、MTの操作は男として最も重要なものという感覚だった。欧米でも、クルマやクルマの運転はセクシーなものというのが、20世紀的な共通認識だ。
とはいうものの、日本で「ATはダサイ」のはスポーツカーに限った話で、一般的な乗用車に関してはそうでもなく、ハイソカー(マークIIなど)ではATがアタリマエだったし、それはそれでモテた。
思い起こせば1977年。15歳の高校生だった筆者の実家に、初めてのAT車(日産ローレル)がやってきた。当時ATは「ノークラ(クラッチペダルがないという意味)」とも呼ばれていたが、父が知り合いをこのクルマに乗せると、全員がクラッチペダルがないことに驚嘆し、「上り坂でブレーキを離してもバックしないんだぞ」と父が教えると、「へぇ~~! すごいですね!」と大感心していた。
国産車に初めてATが導入されたのは、1959年のトヨグライドで、1960年代から多くのモデルにATが用意されたが、1977年の段階でもまだ少数派だったのだ。1970年代、多くの日本人はまだAT車に接したことはなく、1980年代から急速に普及したと考えられる。
当初はどこか「ヘタクソ用」というニュアンスも存在したが、1977年、我が家の日産 ローレルに乗った人たちは、揃って「最新技術!」と恐れ入っていたので、そのようにポジティブに捉える人も少なくなかっただろう。
では、日本でAT率がどのように推移したかを見てみよう。
■日本におけるAT比率の推移
1985年/48.8%
1990年/72.5%
1995年/80.8%
2000年/91.2%
2005年/96.6%
2010年/98.3%
2015年/98.4%
2019年/98.6%
(日本自動車販売協会連合データより)
ATは1980年代、半数を超え7割にまで大増殖し、1990年代に9割を超えた。近年は98%台で頭打ち状態だが、もはや極限の数字と言える。20世紀中はまだ、MT派には「MTのほうが速いし、燃費もいい」という拠り所があった。
ところが21世紀に入るとその差がどんどん縮まり、ついには速さでも燃費でもATがMTを上回ってしまった。その時点でMT派の拠り所は趣味性のみになり、一種の変わり者扱いへと転落したのである。
■道路環境もMT比率激減の要因
では、日本人が世界一のMT嫌いになったのは、なぜなのか? 理由のひとつは、日本人の意識の変化だ。
バブル期までは、クルマは豊かさの象徴だったから、MTには自慢や見栄(≒モテ)の一手段としての価値があったが、現在クルマは白物家電化し、運転はラクなほどいいものになった。一部のクルマ好きにとっても、ATのほうが性能がいいという事実が重くのしかかる。
もうひとつの理由は、日本の道路環境にある。日本は道路整備を後回しにし、戦後モータリゼーションの波が到来すると、どこへ行っても渋滞だらけになった。現在はかなり緩和されたが、人口密度の高さや警察の「止めてナンボ」の発想もあって、一般道はどこへ行っても信号だらけ。MTで楽しく気持ちよく走れる道路は非常に限られる。
カーマニアの私でも、日常の足にはAT車を選びたいと思っている。この環境では、見栄を張れるとかモテるといったインセンティブがない限り、MTが嫌いになって当然だ。
いっぽう欧州では、大都市内はさすがに混んでいるが、一歩郊外に出ればそこはドライバーのパラダイス。信じられないほど運転が楽しい。郊外ではラウンドアバウト(信号のない円形交差点)がほとんどなので、停止する機会は非常に少ない。MTの操作は「楽しい軽スポーツ」そのもので、これを拒絶してAT車に乗る者の気が知れない。
いっぽうアメリカがAT帝国なのは、あまりにも国土が広すぎて、MTの操作がスポーツにもなりえず、面倒くさいものでしかなくなったから……だろうか。
たしかにアメリカ大陸を走ると、風景が雄大すぎて、MTの操作がミミッチイものに感じられる気がしないでもない。オーストラリアや中東も同様か。東南アジアでAT率が高いのは、かつての日本以上に都市内の渋滞がハンパないことが原因だろう。
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