半世紀に渡るアリソンジャパンのこれまでの歩み
いっぽう日本法人のアリソンジャパンは、今から半世紀前の1972年11月24日にゼネラルモーターズ(GM)50%、いすゞ自動車20%、川崎重工業20%、伊藤忠商事10%の出資で日本ジーエムアリソンとして設立。お披露目は赤坂のアメリカ大使館の一室で賑々しく行なわれた。
1997年にGM60%、アイシン精機40%の合弁契約締結によりアイシンジーエムアリソン(AGMA)へ商号変更し、アイシン精機との合弁契約の満了によって、2007年8月1日に現在の社名であるアリソンジャパンに変更した。
トランスミッションの機能としては、1972年当初に扱い始めたATは油圧制御だったが、1990年に機能を満たすため油圧から電子制御に切り替わった第3世代を投入。2006年に第4世代、2013年に第5世代、去年2021年に第6世代と進化を遂げ、排ガス・燃費性能の向上やファンクショナルセーフティへの対応が進められてきた。
日本市場における最初のアリソン製AT搭載車は、1974年5月に「AT540」を採用したいすゞ自動車の中型トラック「フォワードSBR」である。セミキャブオーバー型から後にフルキャブオーバー型にスイッチされたこの車両は年間1000台ほど販売され、消防車両にも採用された。
これを起点に、一般的なトラック用としては1998年にいすゞの大型「ギガ(タンクローリ)」、2000年に日産ディーゼル(現:UD)の中型「コンドル」、2002年に三菱自動車(現:ふそう)の中型「ファイター」、2004年には日野自動車の中型「レンジャー」に採用されていく。
現在も一般トラック用にアリソンATを設定しているのは日野レンジャーだけ(輸出向け用としては国内4社の中・大型車両にも設定)だが、同車には多彩なトルク容量のモデルラインナップが展開されている。
また特殊用途のトラックとしては、三菱、日産ディーゼルの大型除雪車、日野、いすゞの大型消防車、いすゞの自衛隊向け6×6大型トラック「SKW」などにも搭載されてきた。
いっぽう路線バスへのアリソンAT搭載率は非常に高く、現在大型路線バスの8割以上が採用しており、同ATのボタン式セレクターを操作するバス運転手を見たことがある人も多いことだろう。
その先駆けとなったのは1978年に「AT545」を搭載したいすゞの中型路線バス「CCM410」で、80年代に入ると三菱自動車、日産ディーゼルと続き、各中・大型路線バスに採用される。
1990年には電子制御に進化したバス用「B300」が登場し、1996年に日野自動車の大型路線バス「日野ブルーリボンRU1J-HIMR」に採用。翌年、三菱ふそうの「エアロスター」にも搭載される。
その後、B300の後継である「Tモデル」が2005年にいす「エルガ」に搭載され、続いて2010年には三菱ふそうが「エアロスター」にアリソンATを標準装備とした。
このほかの特殊車両としては、加藤製作所のオールテレーンクレーン、大原鉄工所のゲレンデ整備車、雪上車(南極観測隊が使用)、三菱重工業の重総輪車(中SAM発射装置搭載車両等)や16式機動戦闘車(MCV)にも採用実績がある。
また、インディ500(※)からところ変わって昨今クロスカントリーラリーの世界でもアリソンAT搭載車が活躍。(※1919年を最後にレース出場はないが、今もインディアナポリスモータースピードウェイとの間では協力関係がある)
世界一過酷なラリーの異名をとるダカールラリー(旧:パリダカ)のトラック部門(T5グループ)では同ATを搭載した車両が大半を占め、上位陣を独占するという一大ブームも起きている。
日本の商用車メーカーとして唯一ダカールラリーに参戦する日野自動車・日野チームスガワラもダカール2020・2022にアリソンATを搭載した北米仕様の中型トラック「Hino600シリーズ」を投入している。
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