「ニッポンBEV出遅れ論」に見る大手メディアの節穴具合と実情 【短期集中連載:第一回[前編] クルマ界はどこへ向かうのか】

■「部品点数が少ないからBEVは安くなる」の嘘

 永守会長のいう2030年はまだ先だが、推移を見るかぎりかなり厳しそうだ。そもそも永守会長の価格低減ストーリーは「すり合わせ型垂直統合から水平分業へのシフト」という筋立ての上に成り立っていた。

 そもそもニデックの自動車分野での主要ビジネスは汎用eアクスルなので、自動車産業が水平分業にシフトしてくれなければ事業として成立しない。都合のいいストーリーを広めたかったのだろうと見られてもしかたない。

 加えて、今日現在の現実を見れば、テスラにせよBYDにせよ、BEV勝ち組は、創業時から徹底した垂直統合型ビジネスを進めてきて、それで大きな成果をあげており、トヨタも今後それに追従する予定である。

 垂直統合化は当時から十分に予想できた未来なのだが、不思議なことに、この手の破壊的イノベーション論は大抵足下の出来事を無視して、現実と符合しないのに広まるのである。

 もうひとつ、誰もが耳にしているであろう説が、「BEVになれば部品点数がICEの3分の1になるから車両価格が安くなる」という話だ。

 これもちょっと考えてみれば「だったら最初からBEVのほうがICEより安くなるはず」なのだ。実際のところ、BEVの価格を決めるのは部品点数ではなく、バッテリーの価格である。

 そういう一見説得力がある「従来勢力にとって厳しい未来予想」が、「ぬるま湯否定の厳しい指摘」という、いわば良薬口に苦しに聞こえる。しかしその実態はこれまでいくつも数え上げてきたとおり「現実を踏まえていないミーム」である。苦いだけで薬効はない。それらがあちこちで散発的に発生していたので、議論がおかしな方向へと進んだのだ。

■「打ち上げ花火」が欲しくて5年前倒しした英国の現在

 他にもこうしたミスリードは頻繁に起こっていた。

 グローバルにも裏側の仕掛けが見えている例がある。例えば、3年前、英国のボリス・ジョンソン元首相は、もともと2040年ベースで検討を進めていた「ガソリンエンジン車の新車販売禁止」を、なんの技術的裏付けもないまま、突如2035年へ5年間前倒しした。

 なぜそんな闇雲な前のめり発言をしたかと言えば、英国へのグローバルな投資の呼び込みのためである。いまや純粋な投資的見地からもリターンが悪いことが露見し、人気が急落したグリーン投資だが、3年前はまだ勢いがよかったのだ。

「その投資先は環境にいい企業か」は投資判断にとって最も重要な「ROI=投資収益率」とまったく相関性のない指標なので、よく考えてみればリターンが得られないのは当たり前の話だ。

 ただ投資ファンドはその「ブーム」を作ることで、「早期に仕掛けたものだけは稼げる」という理屈で動いていたので、ジョンソン政権は、そうした投資を自国に呼び込むためのアドバルーンとして「我が国が環境対策に一番積極的です」という主張がしたかった。かつ2021年の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)は英国グラスゴー開催。となれば、なにか派手な打ち上げ花火も欲しかった。

 ブームに先行し、仕掛けた側は儲かるが、最終的にその株は高配当を産まない。いつか事業の先行き不振が誰の目にも明らかになり、株価は急落する。ゲームの構造がババ抜きである以上、最後にババを持っていた人は負ける。

 シンデレラの馬車はやがてかぼちゃに戻るのだ。午前0時を過ぎた今、もう魔法は効かないので、英国の5年前倒し政策はいらなくなった。だからリシ・スナク現首相は前倒しを取り消して期限を5年、延長した。

「後編」へ続く

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